こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
―額に「E」を書いてください
ちょっとした実験に、お付き合いください。ペンを持ち、自分の額に、大文字の「E」を書いてみてください。……さて、あなたはどちら向きに書いたでしょうか。自分から見て正しく読める向きに書いたなら、向かいに立つ相手には、その「E」は裏返って見えます。相手から読める向きに書いたなら、それは、あなたが無意識に「相手の視点」に立った、という証拠です。
心理学者のアダム・ガリンスキーらは、この単純な課題を使って、ある実験を行いました。被験者の半数には、自分が「力を持っていた経験」を思い出してもらい、残り半数には「力を持たなかった経験」を思い出してもらう。ただそれだけの下ごしらえです。ところが結果は、はっきりと分かれました。力を思い出した人々は、そうでない人々に比べ、およそ三倍も高い確率で、「自分から読める向き」——つまり、相手には読めない向きに、Eを書いたのです。
たった数分間、力を思い出しただけで、です。では、その椅子に、何年も座り続けているとしたら。今日は、あなたが最も認めたくない話をします。あなたの経営者としての力量そのものが、あなたの椅子によって、静かに削られ続けている、という話です。
―「力」は、脳の働き方を変える
これは、根性論でも、道徳の説教でもありません。カリフォルニア大学バークレー校のダッカー・ケルトナーは、20年以上にわたる実験室と現場の研究から、驚くべき結論に達しました。力の影響下にある人は、まるで脳に外傷を負ったかのように振る舞う、というのです。衝動的になり、リスクへの感度が鈍り、そして何より決定的なことに——他人の視点に立つことが、下手になっていく。
行動だけの話ではありませんでした。マクマスター大学の神経科学者スクヴィンダー・オビは、力を持つ人と持たない人の脳を、経頭蓋磁気刺激装置で調べました。すると、力は「ミラーリング」という神経の働きを損なっていた。ミラーリングとは、他人の行動を見たときに、自分の脳の中で、それを追体験するように働く仕組みのこと。共感の土台です。ケルトナーによれば、力を持った人は、他人の仕草を無意識に真似ることをやめてしまう。相手が緊張すれば自分も強張り、相手が笑えば自分も笑う——その、体と体の共鳴が、消えていく。そして人は、ケルトナーの言う「共感の欠乏」へと、静かに滑り落ちていくのです。
ケルトナーは、これを「権力のパラドックス」と名づけました。皮肉きわまりない構造です。私たちは、他人を読み、耳を傾け、思いやる力があったからこそ、上に立つことができた。ところが、上に立った途端、その力そのものが、蝕まれ始める。歴史家ヘンリー・アダムズは、かつて権力を、犠牲者の思いやりを殺してしまう腫瘍のようなものだ、と評しました。比喩のつもりだったのでしょう。しかし科学は、それが、意外なほど正確な描写だったことを、示してしまったのです。
―誰も、あなたの鈍さを教えてくれない
ここに、私がどうしてもお伝えしたい、恐ろしい「二重構造」があります。
力は、あなたの感度を鈍らせます。それと同時に——まったく正反対のことを、あなたの周りの全員に起こしているのです。社員は、力を持たない側にいる。だから彼らの感度は、極限まで研ぎ澄まされます。あなたの声のわずかな調子、眉の動き、返信の速さ、廊下で目を合わせたか否か。彼らは、あなたのすべてを、あなた自身よりも精密に読んでいます。
つまり、こういうことです。あなたが社員を読む力が落ちていくのと寸分たがわぬ速さで、社員があなたを読む力は、上がっていく。この非対称こそ、経営者が陥る、最も危険な錯覚の温床です。なぜなら、あなたが「うちは風通しがいい」と感じるとき、それは会社の実態ではなく、感度の落ちたあなたのセンサーが返してきた数値にすぎないかもしれないからです。そして誰も、それを訂正してくれません。力を持たない側の人間が、力を持つ側に「社長、あなたは人の気持ちが読めなくなっていますよ」と告げる——それが、この世でどれほど難しいことか、お分かりでしょう。あなたが鈍くなればなるほど、その事実を知らせてくれる声は、遠のいていくのです。
―「自分は例外だ」と思った、その瞬間
さあ、正直に振り返ってください。会議で、あなたが話している時間は、どのくらいでしょうか。誰かの話を、最後まで聞かずに遮ったのは、いつでしょうか。「うちの社員は本音を言ってくれる」と、あなたは確信している。では、その確信の根拠は何でしょうか。社員がそう言ったから——?
思い出してください。あの日、あなたが不機嫌に見えただけで、社員が会議室で言葉を飲み込んだこと。あなたが「たいしたことじゃない」と流したあの一言が、相手にとっては何日も引きずる棘だったこと。あなたが「みんな分かっているはずだ」と思っていたことが、まるで伝わっていなかったこと。額に「E」を書いたときと、同じことが起きているのです。あなたには、はっきりと読める。ただ、向かいに立つ人には、裏返って見えている。それだけのことなのに、あなたにはその裏返しが、見えないのです。
そして、ここが本当の落とし穴です。ここまで読んで、多くの経営者は、こう思います。「なるほど、そういう社長もいるだろう。だが、自分は違う」と。——実は、その反応こそが、症状そのものなのです。ガリンスキーの被験者たちも、ケルトナーの調べた経営者たちも、誰一人「私は今、他人の視点が見えていません」と自覚してはいませんでした。この鈍化の最も残酷な性質は、それが自分では感じ取れない、ということです。頭の中の感触は、昨日とまるで変わらない。ただ、周りの世界の解像度だけが、静かに落ちていく。あなたが「うちの会社の空気は分かっている」と最も確信しているその瞬間こそ、その確信が、最も当てにならない瞬間なのかもしれません。
―椅子に、抗い続ける
では、どうするか。まず、認めることです。これは意志の問題ではなく、構造の問題だと。誠実な人でも、謙虚な人でも、椅子に座り続けるかぎり、この重力は等しく働きます。だから、意志で耐えようとせず、仕組みで抗ってください。
会議では、あなたが最後に話す。あなたの発言時間を、意識的に半分にする。「私の意見は違うと思う」と言った人に、その場で、全員の前で礼を言う。そして——力の格差そのものを、意図的に縮める場を持つこと。あなたが社長として振る舞わなくていい時間、あなたが教わる側に回る時間を、日程に組み込む。ケルトナーが説くように、力は、他者の関心や必要に意識を向け続けている人の手にあるときにだけ、正しく働きます。人の話を最後まで聞き、名前を呼び、相手の身になって想像する——上に行くために使っていたその力を、今度は、意識して、毎日、鍛え直すのです。
想像してみてください。半年後、あなたが会議室で口を閉じていられるようになり、社員がようやく本当のことを話し始め、あなたが「そんなことが起きていたのか」と驚く、その場面を。驚けるということは、あなたの目が、もう一度開き始めたということです。
権力の最も高くつく代償は、傲慢ではありません。それは、感度の喪失です。あなたが上り詰めるために使った、まさにその力を、あなたの椅子は、毎日少しずつ削っている。しかも、削られていることを、あなたには決して感じ取らせないまま。だから、今日、額に「E」を書いてみてください。そして、正直に確かめてください。あなたが書いたその文字は、誰のために、読める向きになっているでしょうか。
―勝田耕司