『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】お客様が本当に出会うのは、社長ではなく「あの15秒」~現場に権限を手放せない会社の末路~

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。

―忘れ物のチケットが、教えてくれること

出張中のある男性が、空港のカウンターで青ざめました。飛行機のチケットを、泊まっていたホテルの部屋に置き忘れてきたのです。搭乗まで、もう時間はわずか。ふつうの航空会社なら、「チケットがなければ搭乗できません」——それで話は終わりです。

ところが、その航空会社のカウンター係は違いました。彼女はすぐにホテルへ電話をかけ、部屋にチケットがあることを確認し、会社の車を走らせて取りに行かせ、搭乗ゲートまで届けさせたのです。男性が呆然と待つうちに、客室乗務員が微笑みながら近づいてきて、こう言いました。「お客様、チケットをお持ちしました」。上司の許可も、稟議書もいりませんでした。カウンターの一人が、その場で「私が何とかします」と決め、動いたのです。

これは、経営危機に瀕していたスカンジナビア航空(SAS)を一年で立て直した、ヤン・カールソンという経営者が起こした「奇跡」の、ほんの一場面です。今日は、この一件が、あなたの会社の急所を突いている、という話をします。少し、身構えて読んでいただいたほうがいいかもしれません。

―会社は「本社」でなく、「15秒」の中で生まれている

カールソンには、はっきり見えていたものがありました。彼はこう計算します。SASには年間およそ一千万人の客がいて、その一人ひとりが平均して五人の従業員と接する。一回の接触は、およそ15秒。とすれば、SASという会社は、年に五千万回、たった15秒ずつ、お客様の心の中で「создている」——生まれては、判定されている。

彼はこの15秒を「真実の瞬間(モーメント・オブ・トゥルース)」と名づけました。お客様にとって、あなたの会社とは、立派な本社ビルでも、社長の経営方針でもありません。カウンターの15秒、電話口の一声、荷物を受け取ったときの一言——その積み重ねが「あの会社」の正体なのです。そして、その勝負の瞬間に立っているのは、社長でも役員でもない。組織図のいちばん下に置かれた、現場の人間です。

―ピラミッドを、ひっくり返す

さて、赤字に沈むSASを前にして、カールソンは何をしたか。大型コンピューターを導入したのでも、サービスを削ってコストを切り詰めたのでもありません。彼がやったのは、組織のピラミッドを、上下ひっくり返すことでした。

ふつうの会社のピラミッドは、頂点に社長がいて、いちばん下に現場がいる。その現場は、お客様のことを最もよく知っているのに、たいてい、何の決定権も持たされていない。カールソンは、これを逆さにしました。決定する権限を、どんどん現場へと下ろしていったのです。あの15秒の中で、現場の人間が、いちいち上司にお伺いを立てずに「はい、お任せください」と動けるように。そして経営陣の役割を、命令することから、現場が存分に働けるよう「支える」ことへと、まるごと入れ替えた。上に立つ者が、いちばん下で戦う者に仕える——これは、ロバート・グリーンリーフが説いた「サーバント(奉仕する)・リーダーシップ」の、見事な実践でもありました。

結果は、劇的でした。カールソンは、まだ赤字が流れ続ける中で、百件を超えるサービス改善に大胆に投資し、現場に権限と情報を手渡していきます。そしてわずか一年ほどで、SASは大きな赤字を、堂々たる黒字へと反転させたのです。彼は繰り返し言いました。情報を与えられない人間は責任を持てない。だが、情報を与えられた人間は、責任を持たずにはいられない、と。

―「確認して参ります」——その一言を、お客様は聞いている

ここからは、あなたの会社の話です。少しだけ、目の前に思い浮かべてみてください。つい最近、あなたの会社のお客様が体験した「15秒」を。電話をかけてきたお客様。カウンターに立ったお客様。荷物を届けた先のお客様。

その15秒で、あなたの現場の人間は、何と言ったでしょうか。「はい、私がすぐにお引き受けします」と、その場で動けたでしょうか。それとも——「少々お待ちください、確認して参ります」と、奥へ引っ込んでいったでしょうか。もし後者だとしたら。その「確認して参ります」という一言こそ、あなたの会社のピラミッドが、そのまま口から漏れ出た音なのです。そして、その一瞬のためらいを、お客様は、はっきりと聞いています。この会社は、目の前の人間に、何も任せていないのだな、と。

考えてみてください。あなたが会議室で戦略を練っているまさにその瞬間にも、あなたの会社は、現場の15秒の中で、勝ったり負けたりしている。現場が動けなければ、お客様は15秒ずつ、静かに離れていく。しかもその損失は、どんな帳簿にも、しばらくは載りません。数字に表れたときには、もう手遅れ——気づけば、お客様がいなくなっているのです。目に見えないところで進む出血ほど、恐ろしいものはありません。

もう一つ、忘れてはならないことがあります。あの15秒に「にじみ出る」のは、マニュアルではなく、あなたの会社の空気だということです。日頃、経営者から信頼され、任され、大切にされている現場は、その同じ温かさを、そのままお客様へと手渡します。逆に、上から疑われ、縛られ、いつも顔色をうかがっている現場は、その萎縮を、15秒の中で、お客様にそっくり伝えてしまう。人は、自分がされているように、目の前の相手を扱うのです。現場の接客だけを研修で直そうとしても、うまくいかないのは、このためです。

だから、あなたに手放していただきたいものがあります。権限です。現場に、判断できる情報と、その場で決めていい権限と、そして何より「失敗しても、責任は私が引き受ける」というあなたの後ろ盾を、渡してください。「はい、お任せください」と言える現場は、そこから生まれます。想像してみてください。次にお客様があなたの会社と出会う15秒、あなたの現場の人間が、誰にも断らず、迷わず、笑顔で「私がやります」と動く——その一場面を。お客様が「この会社は違う」と感じる瞬間は、あなたが権限を手放すと決めた、その日から始まります。

あなたの組織図は、社長を頂点にしたピラミッドのまま、でしょうか。それとも、お客様と向き合う現場を、あなた自身が下から支える——そういう形に、明日、ひっくり返す覚悟が、ありますか。会社の運命は、あなたの机の上ではなく、現場のあの15秒の中で、今日も決まっているのです。

―勝田耕司