『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】なぜ、壁に貼った理念は誰の心にも残らないのか~人を動かすのは、スローガンではなく物語~

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。

―「理念」が、なぜか根づかない

会社の価値観を社員に浸透させたい——そう願う経営者は、たいてい同じことをします。立派な理念を額に入れて壁に掲げ、行動指針をまとめた冊子を配り、朝礼で繰り返し説く。ところが、いくらやっても、社員の口から理念は出てこないし、行動も変わらない。壁の言葉は、壁の上にとどまったまま。

なぜ、こんなにも価値観は根づかないのでしょうか。理由は、人間という生き物の性質にあります。人は、抽象的な「教訓」や「スローガン」では動かない。人を本当に動かすのは、「物語」なのです。ルールは「何をすべきか」を告げますが、物語は「私たちは何者か」を見せ、心を揺さぶります。

―一人の少女が、統計に勝った

これを鮮やかに示した、有名な実験があります。研究者のデボラ・スモール、ジョージ・ローウェンスタイン、ポール・スロヴィックらが行った、寄付に関する実験です。

彼らは、人々に寄付を募るとき、二通りの訴え方を用意しました。一つは、「アフリカで数百万人の子どもが飢餓に苦しんでいる」という統計的な事実。もう一つは、「ロキアという名の、一人の貧しい少女」の物語です。結果、人々がはるかに多くを寄付したのは、ロキアの物語のほうでした。さらに驚くべきことが起きます。この少女の物語に、先ほどの「数百万人」という統計を付け加えたところ、寄付額はかえって減ってしまったのです。冷たい数字が、せっかくの共感に水を差した。スロヴィックは言います。「全体を数字で見てしまうと、人は動けなくなる」と。統計は人を「考え」させますが、物語は人を「感じ」させ、動かすのです。

組織の文化も、まったく同じ仕組みで伝わります。会社が本当に大切にしている価値観は、額に入った理念ではなく、社内で繰り返し語られる「物語」によって受け継がれていきます。創業の苦労話。あの人がお客様のために一肌脱いだ話。損を承知で正しいことを選んだ話。こうした物語は、心に残り、口から口へと伝わり、「うちの会社では、こうするのが当たり前なんだ」という空気を、どんな標語よりも強く育てます。文化とは、その会社が語り継ぐ物語の総体なのです。

―「物語」を経営の柱に据えた会社

この「物語の力」を、意図的に経営の中核に据えている会社があります。スポーツブランドのナイキです。

ナイキは単に立派な歴史を持っているだけではありません。その歴史を「物語」として、組織の隅々まで語り伝えています。1970年代後半から、同社は社内に「ストーリーテリング(物語を語る)」の仕組みを設け、新入社員が最初に学ぶのは、会社の成り立ちの物語です。幹部の中には、その物語を語ることを役割とする「企業ストーリーテラー」がいて、副社長から店舗のレジ係まで、あらゆる社員にナイキの来歴を伝えています。技術スタッフは研修で、わざわざ創業者であり伝説的な陸上コーチでもあったビル・バウワーマンが選手を指導した地を訪れ、その地のトラックを走るといいます。

語り継がれる物語は、たとえばこうです。バウワーマンが、より速く走れる軽い靴を求めて、妻のワッフル焼き器にゴムを流し込み、あの独特の靴底を生み出した話。あるいは、「体があるなら、あなたはもうアスリートだ」という彼の信念。こうした物語が、全社員を「なぜナイキは存在するのか」という原点につなぎとめているのです。ナイキには、こんな言葉があります。「自分たちの過去について語る物語が、未来をかたちづくる」と。

―理念を「語れる物語」に変える

ここから、経営者が学ぶべきことは明快です。価値観を、号令やラミネート加工のカードで「インストール」しようとするのをやめること。代わりに、その価値観を体現する「物語」を見つけ出し、語ることです。

社員の誰かが、大切にしたい価値観を体現する行動をとったら、それを物語にして語りましょう。繰り返してほしい行動こそ、社内の「英雄譚」にするのです。なぜこの会社が生まれたのか、その創業の物語を語り継ぎましょう。そして、忘れてはならないことがあります。経営者であるあなた自身の振る舞いもまた、あなたがいない場所で社員が語り合う「物語」になる、ということです。だからこそ、語ってほしい物語を、自ら生きるしかありません。

具体的には、まず大切にしたい価値観をいくつか定め、それぞれについて「誰かがそれを体現した実際の出来事」を探す。そして、会議で、新人研修で、誰かを称えるときに、その物語を語る。「先週、あの人がこんなことをしてね——」と。集め、語り、受け渡していく。スローガンは、壁に貼った瞬間に忘れられます。しかし物語は、人から人へと語り継がれ、生き続けます。

あなたの会社で、社員が繰り返し語り合っている「物語」は、何でしょうか。そしてそれは、あなたが望む空気を育てる物語に、なっているでしょうか。

―勝田耕司