こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
―「お金を払っているのに、なぜ動かないのか」
ある経営者の方から、こんな相談を受けました。
「社員のやる気を上げたくて、思い切って給料を上げ、賞与もはずみました。すると、しばらくは確かに表情が明るくなった。ところが、半年も経つと、すっかり元通り。やる気が続かないんです。これだけ報いているのに、なぜなのか……。結局、人は金では動かないということでしょうか」
多くの経営者が直面する、深い悩みです。そして、その答えは半世紀以上前に、ある心理学者が明らかにしています。結論を先に言えば、給料を上げても、やる気が長続きしないのは、当然なのです。なぜなら、お金は「不満を消す」ことはできても、「やる気を生む」ことはできないものだからです。
―満足と不満は、正反対ではない
アメリカの心理学者フレデリック・ハーズバーグは、働く人々に「どんなときに仕事で満足を感じ、どんなときに不満を感じたか」を丹念に聞き取る調査を行いました。そして、常識をくつがえす発見をします。
私たちはふつう、「満足」と「不満」を、一本の物差しの両端だと考えます。不満を取り除けば、その分だけ満足が増えるはずだ、と。ところがハーズバーグは、満足を生む要因と、不満を生む要因は、まったく別物だと突き止めたのです。彼はこの考えを「二要因理論」として、1968年にハーバード・ビジネス・レビューに発表しました。同誌の歴史で最も多く読まれた論文の一つです。
ここから導かれる結論は重大です。不満をいくら消しても、それはゼロ地点に戻るだけで、プラスのやる気にはならない。やる気を生むには、まったく別の手を打たなければならない、ということです。
―「衛生要因」と「動機づけ要因」
ハーズバーグは、不満を生む要因を「衛生要因」と呼びました。給料、労働条件、会社の制度、福利厚生、人間関係、雇用の安定などです。これらが不十分だと、人は強い不満を抱きます。しかし、これらを整えても、得られるのは「不満がない状態」までで、それ以上の積極的なやる気は生まれません。
「衛生」という言葉が、その本質をよく表しています。掃除をして清潔を保てば病気を防げますが、掃除をしたからといって、人がより健康に、より元気になるわけではない。給料もこれと同じです。低すぎれば不満の元になりますが、上げたところで「当たり前」と受け止められ、その効果はすぐに薄れていく。冒頭の経営者の社員のやる気が半年で元通りになったのは、まさにこのためです。
一方、本当のやる気を生むのは、もう一つの要因——「動機づけ要因」です。仕事を成し遂げる達成感、努力を認められる承認、仕事そのものの面白さ、責任を任されること、成長できる実感。これらが満たされたとき、人は内側から燃え、その熱は長続きします。注目すべきは、動機づけ要因の多くが、給与明細には一切載らない、目に見えないものだということです。まさに、透明資産そのものなのです。
―「ただの失敗作」から生まれた、世界的ヒット
動機づけ要因の力を物語る、有名な例があります。粘着力の弱い接着剤から生まれた、あの「ポスト・イット」の物語です。
ポスト・イットを擁する3M(スリーエム)には、「15%ルール」という制度があります。技術者が、就業時間の最大15%を、自分の選んだ自由なテーマの研究に使ってよい、という仕組みです。1968年、同社の化学者スペンサー・シルバーは、強力な接着剤の開発中に、よく付くのに簡単に剥がせるという、一見「失敗作」の接着剤を生み出してしまいました。彼はその価値を信じ、社内で何年も用途を探し続けます。やがて同僚のアート・フライが、賛美歌集にはさむ「ずれない栞」としての使い道をひらめき、二人はこの15%ルールの時間を使って、何年もの「一見無駄な」試行錯誤を重ねました。そして誕生したのが、世界中で使われるポスト・イットです。
ここで大切なのは、彼らを動かしたものが、報奨金ではなかったということです。自分の判断で研究に取り組める「責任」、好きな仕事に没頭できる「仕事そのものの面白さ」、そして成し遂げた「達成」と、それを認められる「承認」。3Mは、成功だけでなく挑戦の失敗さえも称える文化を持っています。お金ではなく、こうした動機づけ要因こそが、長い不遇の時期を支え、巨大なヒットを生んだのです。
―経営者は、「不満つぶし」で満足していないか
ここから、すべての経営者が学ぶべき教訓があります。多くの経営者は、社員のやる気を上げようとするとき、無意識に「衛生要因」ばかりに手を伸ばします。給料を上げる、設備を新しくする、休みを増やす。もちろん、それらが不当に低ければ、まず是正すべきです。不満の放置は、組織を確実にむしばみます。
しかし、衛生要因をいくら磨いても、たどり着くのは「不満のない、しかし無気力な職場」にすぎません。「文句は出ないが、誰も燃えていない」——そんな空気に心当たりはないでしょうか。そこから先へ進むには、動機づけ要因への投資が欠かせません。社員に責任と裁量を与える。成果を具体的に、心から認める。成長の機会と、仕事の手応えを設計する。ハーズバーグはこれを「職務充実(仕事そのものを豊かにすること)」と呼びました。
不満をなくすことと、やる気を生むことは、まったく別の仕事です。そして、お金で買えるのは前者だけ。後者を生むのは、承認や責任や成長といった、給与明細に載らない透明資産です。あなたの会社は今、「不満つぶし」に追われるあまり、本当にやる気を生む投資を、忘れてはいないでしょうか。
―勝田耕司