こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
―採用にはお金をかけ、初日には何もかけない
苦労して、いい人を採用した。募集にお金をかけ、面接に何時間も費やし、口説き、ようやく入社してくれた。ところが、数か月で辞めてしまう。「最近の若い人は」「うちには合わなかったのだろう」——そう言って、あなたはまた、採用にお金をかけ始める。
ここで、一つ、思い出していただきたいのです。その人の「入社初日」に、あなたの会社は、何をしたでしょうか。書類の記入。就業規則の説明。会社の沿革。理念の唱和。設備の案内。先輩の紹介。……つまり、「会社」の話です。
では、その日、その人自身のことを——その人が何を得意とし、どんなときに一番よい仕事ができ、何を持ってきてくれる人なのかを——誰か一人でも、じっくり聞いたでしょうか。もし答えが「いいえ」なら、今日の話は、あなたの会社の離職率に、直接、突き刺さります。たった一時間の話です。しかし、その一時間が、数字を三割変えた実験があるのです。
―インドのコールセンターで起きたこと
舞台は、インドのIT大手ウィプロのコールセンターです。同社は、深刻な問題を抱えていました。研修を終えた従業員の多くが、ほんの数か月で辞めてしまう。業界全体で、年間の離職率は5割から7割にも達する世界です。しかも、インドのコールセンターの担当者は、しばしば自らのインド的な部分を消して振る舞うことを求められ、それが疲弊を生んでいました。
そこで、ロンドン・ビジネススクールのダニエル・ケイブル、ハーバードのフランチェスカ・ジーノ、ノースカロライナ大学のブラッドリー・ステーツの三人が、実験を行いました。新入社員を三つの群に分けたのです。
第一の群は、従来どおりの研修。会社を知り、技能を学ぶ、標準的なプロセスです。
第二の群は、それに加えて、一時間の追加プログラム。内容は「会社」を軸にしたものでした。会社の輝かしい実績を聞き、優秀な先輩社員に会い、この会社の第一印象を語り合う。そして最後に、社名の刺繍が入ったフリースを贈られる。——多くの会社が「よい導入」だと信じている、まさにあの形です。
第三の群にも、一時間が追加されました。ただし、その一時間は、まるごと「その人自身」に向けられていました。幹部が15分ほど、この会社で働くことが、あなた自身の持ち味をどう発揮させうるかを語る。そして新人自身に、問いが投げかけられます。「あなたの、どんな独自性が、あなたが最も幸せで、最も力を発揮できる瞬間を生み出しますか」。さらに、海で遭難したと想像して、自分ならどんな特技を発揮できるかを考えてもらう。会社の話ではなく、あなたの話をしてほしい、と。
―「たった一時間」が、七か月後の数字を変えた
七か月後、研究者たちは、誰がまだ会社に残っているかを調べました。結果は、彼ら自身が驚くほど、はっきりしていました。
「その人自身」に一時間を使った群は、標準的な研修だけの群に比べ、最初の半年での離職確率が、3割以上も低かったのです。会社の実績を語り、フリースを贈った「会社の話」の群も、標準よりは良かった。しかし、「あなたの話」をした群には、及びませんでした。ジーノは、こう述べています。初日のたった一時間を変えただけなのに、結果は驚くべきものだった、と。しかも、それだけではありません。個人の持ち味に焦点を当てた導入を受けた人々は、その後、より意欲的で、仕事への満足度が高く、生産性も高く、ミスも少なかったのです。
一時間です。追加の給料でも、豪華な福利厚生でも、新しい制度でもない。ただ、初日の一時間、話す中身を変えただけ。それで、あなたが毎年何百万円もかけて埋めている、あの穴の三割が、塞がったのです。
―「教え込む」瞬間に、あなたは何を教えているか
なぜ、こんなことが起きるのか。ここに、透明資産の核心があります。
多くの会社は、入社初日を「わが社の空気を、新人に教え込む日」だと考えています。うちのやり方はこうだ、うちの価値観はこうだ、と。悪意はありません。むしろ、丁寧な導入のつもりです。けれど、その人の側に立ってみてください。その一日を通じて、新人が実際に学び取っているのは、こういうことです。「ここでは、私が何者かは関係ない。求められているのは、この型に、自分をはめ込むことだ」と。
ジーノは、こう指摘しています。組織は「新しい発想や新しい血が必要だ」と言って外から人を採る。ところが、そうやって迎えた新しさを、入り口で締め出し、既存の文化をそっくり転写しようとしてしまう、と。——皮肉です。あなたは、その人だからこそ採用したはずでした。その人の経験、視点、持ち味に、お金を払った。それなのに、入社した瞬間から、それを消しにかかっている。
そして、初日の空気は、恐ろしいほど長持ちします。人が「ここでは、どこまで自分を出していいのか」を測るのは、入社した最初の数日です。そこで「自分を消せ」という空気を吸い込んだ人は、その後どれだけ「もっと主体的に」「もっと意見を出して」と言われても、出しません。初日に、出さないことを学んだからです。空気は、初日に固まる。そして、そのあとの数年は、その固まった型の中で、進んでいきます。
―あなたの会社の初日は、誰の話でできているか
さあ、正直に見てください。あなたの会社の入社初日の予定表を。そこに書かれている項目のうち、「会社について教える」ものは、いくつでしょうか。そして、「その人について聞く」ものは、いくつでしょうか。おそらく、後者は、ゼロではないでしょうか。
あなたは、その人を採るのに、何十万、何百万とかけました。そして、その人がこの会社にどう向き合うかを決定づける、最も重要な数時間には、一円もかけていない。ここに、この問題の残酷さがあります。初日に何もしなくても、その日は、何事もなく過ぎていきます。誰も文句を言いません。ただ、七か月後、静かに数字が変わっているだけ。しかもあなたは、それを初日と結びつけて考えることが、決してできない。「合わなかったのだろう」と、あなたは思う。違います。あなたが、最初の一時間で、その人に「ここでは、あなた自身は要らない」と伝えたのです。
―明日、初日を迎える人に、何を聞くか
やることは、驚くほど簡単です。お金も、制度も、要りません。
次に誰かが入社する日、予定表の最初に、一時間を空けてください。そして、会社の話をする前に、その人の話を聞いてください。あなたが、社長として。「あなたが最も力を発揮できたのは、どんなときでしたか」「あなたの持ち味は、何だと思いますか」「あなたにしかない経験で、うちに持ち込めそうなものは何でしょう」。そして——ここが肝心です——聞いたことを、実際に、その人の仕事に活かしてください。聞くだけで終われば、それは初日の演出にすぎず、かえって不信を生みます。その人の持ち味が、この会社で発揮される場所を、一緒に探すのです。
想像してみてください。半年後、その人が、まだあなたの会社にいて、しかも「自分だからこそできること」を、生き生きと現場に持ち込んでいる姿を。あなたがしたことは、たった一つ。初日に、会社の話を後回しにして、その人の話を先に聞いた。それだけです。
採用に何百万をかけ、初日の一時間には何もかけない。これほど割の合わない投資は、ありません。人が辞めていくとき、その理由の一部は、たいてい入社初日に、すでに書き込まれています。あなたの会社の初日は、誰の話でできているでしょうか。会社の話か、それとも、その人の話か。明日、誰かがあなたの会社の扉を開けます。その人が最初の一時間で吸い込む空気を決めるのは、他の誰でもない、あなたです。
―勝田耕司