こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
―「一番の働き手」を、管理職にしたら
多くの経営者が、ごく自然に、こういう人事をします。最も売る営業マン、最も腕のいい職人、最も成果を出す社員を、その働きへのご褒美として、管理職に引き上げる。当然のことに思えます。ところが、しばらくして気づくのです。あれほど輝いていたエースが、管理職になった途端に精彩を欠き、部下をうまく動かせず、チームの空気が悪くなり、数字まで落ち始めた——と。
優秀なプレーヤーを一人失い、その代わりに、苦しむ管理職を一人つくってしまった。これは、特定の会社の不運ではありません。組織という仕組みに、構造的に組み込まれた罠なのです。その名を「ピーターの法則」といいます。
―人は「無能になる地位」まで昇進する
「ピーターの法則」は、教育学者ローレンス・J・ピーターが1969年に提唱したものです。その内容は、こうです。
階層型の組織では、人は「今の仕事で成果を出した」という理由で昇進していく。成果を出せば、また昇進する。そして昇進を重ねた果てに、いつか「自分にはうまくこなせない地位」にたどり着く。そこではもう成果が出ないので、それ以上は昇進しない。つまり、その人はそこに留まり続ける。この理屈を組織全体に当てはめると、恐るべき結論が導かれます。やがてあらゆるポストが、「その仕事をうまくこなせない人=無能のレベルに達した人」で埋め尽くされていく——。ピーターはこれを半ば風刺として書きました。しかし近年、この法則が現実であることが、データで証明されてしまったのです。
―データが暴いた「名選手、名監督にあらず」
経済学者のアラン・ベンソン、ダニエル・リー、ケリー・シューの三人は、131社・約4万人の営業担当者のデータを徹底的に分析しました。その結果は衝撃的でした。
第一に、企業はやはり「最も売る営業マン」を、優先的に管理職へと昇進させていました。第二に、しかし——営業成績が優秀だった人ほど、管理職としては成績が悪い傾向があったのです。研究によれば、昇進前に自分の売上を倍にしていたような優秀な営業マンが管理職になると、その部下一人ひとりの売上が、平均でおよそ1割も下がっていました。なぜか。優れた営業マンを作る資質——押しの強さ、行動力、契約をまとめる力——と、優れた管理職を作る資質——部下を育て、調整し、計画する力——は、まったくの別物だからです。「名選手、必ずしも名監督にあらず」。この古い格言は、科学的にも正しかったのです。
―なぜ、わかっていてもやってしまうのか
では、なぜ企業はこの罠にはまり続けるのでしょうか。理由は、もっともらしいものばかりです。成果を出した人を昇進させるのは「公平」に見える。「頑張れば上に行ける」という昇進は、全社員のやる気を引き出す。そして、能力以外の基準で選ぶと「えこひいき」と疑われかねない。だから、目に見える「現在の成果」で昇進を決めてしまう。
しかし、その代償は甚大です。最高のプレーヤーを一人失うだけでなく、その下にいる何人もの部下のパフォーマンスまで損なってしまう。さらに見過ごせないのが、空気への影響です。能力の及ばない地位に置かれた管理職は、しばしば自信を失い、不安から部下を細かく監視したり、感情的になったりします。その結果、チーム全体の空気が重くなる。一人の不適切な昇進が、組織の空気を静かに蝕んでいくのです。
―「出世=管理職」という一本道をやめる
この罠を抜け出す鍵は、「昇進(=偉くなること)」と「管理職になること」を、切り離すことです。
その先進的な実例が、IBMです。同社は古くから、二つの並行した出世の道——「マネジメント(管理職)の道」と「専門職(技術)の道」——を用意してきました。優れた技術者は、人を管理する立場にならなくても、専門家として地位も報酬も高めていける。その頂点に位置するのが「IBMフェロー」という称号です。これは、トップのトーマス・ワトソン・ジュニアが1962年に創設したもので、最も卓越した技術者が、自分の得意な仕事を手放すことなく、最高の名誉にまで上り詰められるようにするための仕組みでした。優れた職人を、無理に管理職にして潰すのではなく、職人のまま輝かせ続ける道を用意したのです。
こうした「複線型のキャリア」は、中小企業にも応用できます。第一に、出世の道を管理職一本に絞らず、「専門職として認め、報いる」道を併せて用意すること。第二に、管理職に登用するときは、「これまでの成果」ではなく、「部下を育て、まとめる力があるか」という、新しい役割に必要な資質で見極めること。第三に、いきなり任命せず、小さな範囲で試す機会や、管理職としての訓練を与えること。
要するに、昇進とは「過去の働きへのご褒美」ではなく、「新しい役割への配置転換」だと捉え直すことです。一番の働き手が、一番の管理者になるとは限りません。その人の才能が最も輝く場所はどこか——それを見極めるのが、経営者の仕事です。あなたが最後に行った昇進は、これまでの働きへの「ご褒美」だったでしょうか。それとも、新しい役割をこなせる「力」を見て決めたものだったでしょうか。
―勝田耕司