『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】「善きサマリア人」の話をしに急ぐ神学生は、道端で苦しむ人を、またいで通った

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。

―最も善良なはずの人が、最も冷たく振る舞う瞬間

想像してみてください。あなたが集められる、最も善良で、最も高潔な人々を。たとえば——聖職者を志し、神学を学ぶ学生たち。しかも、彼らは今から、「善きサマリア人」の説教をしに行くところです。困っている見知らぬ人を、立ち止まって助けなさい、という、あの有名なたとえ話を、これから人に説くのです。

その一人が、説教の場所へと急ぐ途中、道端の物陰に、うずくまり、咳き込み、苦しげにうめく男を見かけます。まさに、たとえ話そのものの状況です。ところが、その神学生は——立ち止まりませんでした。困っている人を、またいで、通り過ぎていったのです。作り話ではありません。ある有名な実験で、実際に起きたことです。そしてこの事実は、「良い行いは、良い価値観から生まれる」と信じている、すべての経営者を、震え上がらせるはずです。今日は、あなたの会社の「良い空気」が、実は、あなたが思っているものとは、まったく別のところから生まれている、という話です。

―運命を分けたのは、価値観ではなく「急いでいたか」だった

これは、心理学者ジョン・ダーリーとダニエル・バトソンが、1973年に行った、「エルサレムからエリコへ」と題された、伝説的な研究です。彼らは、プリンストン神学校の学生たちに、別の建物で短い説教をするよう指示しました。その半分には、「善きサマリア人」について話すように、と。

そして、そこへ向かう道の途中に、苦しむ男(実は、サクラ)を、配置したのです。研究者が変えた要因は、たった一つ。学生が、どれだけ「急いでいたか」でした。ある学生には「もう遅れています、急いで」と告げ、別の学生には、時間の余裕を持たせた。さて、立ち止まって助けたのは、どちらだったか。急いでいなかった学生は、63%が助けました。ところが、急いでいた学生は、わずか10%しか、助けなかったのです。

そして、決定的なことに——説教の「テーマ」は、まったく関係ありませんでした。これから「困っている人を助けよ」と説きに行く学生でさえ、急いでいれば、目の前の困っている人を、素通りした。彼らの信仰心も、性格も、価値観も、助けるかどうかを、まるで予測しませんでした。ただ一つ、「急いでいたか、否か」という状況だけが、それを決めたのです。(小規模な研究で、批判もありますが、その教訓は、心理学で最も重要なものの一つです。)

―「良い人」ではなく、「良い状況」が、良い行いを生む

私たちは、「人柄」の力を、あまりに過大評価し、「状況」の力を、あまりに過小評価しています。良い人が良いことをし、悪い人が悪いことをする——そう信じたい。けれど、真実は、こちらに近いのです。「良い状況」が良い行いを生み、「悪い状況」が悪い行いを生む。それも、ほとんど誰の中にでも。まっとうな人を、急かされ、追い詰められ、視野の狭まった状況に置けば、その人は、うめく男を、またいで通る。悪い人だからではありません。状況が、そうさせるのです。

―空気とは、「説く徳」ではなく、「設計する状況」である

ここに、透明資産経営の、核心があります。そして、この研究は、その最も鋭い証明です。あなたは、社員に、良く振る舞ってほしい。お客様に親切に、誠実に、丁寧に、困っている同僚に手を貸し、正しいことをしてほしい。そこで、あなたは、ほとんどの経営者と同じことをします。「説く」のです。「顧客第一」「誠実」と、壁に貼る。説教を、する。

けれど、行いは、説教からは生まれません。それは、「状況」から生まれる。そして、その状況こそ、経営者であるあなたが、設計しているものなのです。あなたの職場の空気とは、価値観の一覧ではありません。それは、条件の集まりです——仕事のペース、プレッシャー、人員、評価、そして余白。それらが、良い行いを、たやすくするか、それとも、ほとんど不可能にするか。急かされている人を、説教で親切にすることは、できません。あなたにできるのは、その人に、親切にする「時間」を、与えることだけです。空気とは、あなたが説く「徳」ではない。あなたが築く「状況」なのです。ここに、良い行いを「願う」ことと、「設計する」ことの、決定的な違いがあります。

さあ、あなたが設計してしまった「状況」を、正直に見てください。あなたは、温かく、行き届いた接客を望んでいる——けれど、あまりに急かされ、あまりに人手の足りない空気を作ってしまい、あなたの善良な社員は、少し手を差し伸べるべきお客様の前を、あの神学生のように、駆け抜けていく。あなたは、丁寧で、誠実な仕事を望んでいる——けれど、数字を追う圧力を、容赦なく設計してしまい、手を抜くことは、もはや性格の欠陥ではなく、その状況を生き延びる、唯一の道になっている。あなたは、助け合いを望んでいる——けれど、全員を過負荷にしてしまい、同僚を助けることは、自分が遅れることを意味する。そして、行いが悪い方へ転んだとき、あなたは、その人を責める。「もっと、気にかけるべきだった」と。違います。あなたが、聖人でさえ素通りするような状況を、設計したのです。あなたの理念は、あの「善きサマリア人」の説教であり、あなたの急かされた空気が、あなたの最も善良な社員に、その理念が語る当のものを、またがせているのです。

だから、説教を、やめてください。そして、設計を、始めてください。行いが繰り返し悪い方へ転ぶとき、「なぜ、この人たちは、こうなのか」と問うのは、やめる。代わりに、「私は、どんな状況にこの人たちを置いて、この行いを、ほぼ避けられないものにしているのか」と問い——そして、状況を、変えるのです。親切がほしいなら、その時間を、設計する。急ぎ足を減らし、余白を足し、慌ただしい速さを称えるのを、やめる。誠実さがほしいなら、真実が損をしない評価を、設計する。助け合いがほしいなら、助けることが溺れることにならない、余裕を、設計する。あなたは、会社の行いの「説教者」ではありません。会社の状況の「設計者」なのです。状況を設計し直せば、あなたが乞い求めてきた行いは、ただ現れます。今いる、その同じ社員から。想像してみてください。数か月後、社員たちが、親切で、丁寧で、寛大である様子を。あなたが、より良い説教をしたからではなく、良い行いが「たやすい」空気を、ついに築いたから、です。

経営における最も身の引き締まる真実は、社員の行いが、実は、社員の問題ではない、ということです。それは、あなたが彼らを置いた「状況」の問題なのです。壁の立派な価値観は、急かされ、追い詰められた空気を、救いません。神学生たちが、それを証明しました。「善きサマリア人」を説きに行く道で、うめく男を、またいで。だから、次に、「人はこう振る舞うべきだ」と、また一席ぶちたくなったら。説教を置いて、設計図を、手に取ってください。「善きサマリア人」を、説くのではなく。誰も、彼を急ぎ足で通り過ぎずに済む会社を、設計するのです。結局のところ、あなたが手にするのは、あなたが「説いた」行いではありません。あなたが「設計した」行いなのですから。

―勝田耕司