『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】その「くだらない習慣」を、あなたは効率化の名のもとに捨てていないか

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。

―毎朝、全員で「かけ声」を叫ぶ会社

アメリカに、毎朝、社員全員が輪になって、こんな「かけ声」を叫ぶ会社があります。「Wをくれ! Aをくれ! Lをくれ! 次はクネクネ!(と、みんなで腰をひねる)……つづりは? ウォルマート! ナンバーワンは誰だ? お客様だ!」。世界最大の小売業、ウォルマートの「チアー(かけ声)」です。

正直に言えば、多くの日本の経営者は、これを見て、こう思うのではないでしょうか。「くだらない」「恥ずかしい」「うちには関係ない」と。実は、この反応の中にこそ、あなたの会社の空気が静かにやせ細っていく、その原因が隠れています。今日は、あなたが「非効率だ」「古くさい」と切り捨ててきたかもしれない、ある習慣の、おそろしいほどの力について話をします。読み進めるうちに、あなたが最近やめてしまった“何か”が、思い浮かんでくるかもしれません。

―「儀式」は、気休めではなく、効く

まず、事実から確認しましょう。儀式——試合前、本番前、あるいは節目に繰り返される、あの一見無意味な決まった動作は、単なる気休めではありません。

ハーバードのフランチェスカ・ジーノとマイケル・ノートンの研究によれば、儀式には、不安をやわらげ、自信を高め、悲しみを癒やし、プレッシャーのかかる場面での成績を実際に押し上げる効果があります。しかも驚くべきことに、その場ででっち上げた、何の由緒もない「即席の儀式」ですら、効いてしまう。なぜか。決まった動作を繰り返すことが、混沌とした状況の中に「自分は事態をコントロールできている」という感覚を取り戻させ、心を落ち着かせるからです。儀式とは、いわば、心の秩序を回復させる装置なのです。

そして、これが集団で行われるとき、儀式はもう一つの、決定的な働きをします。バラバラの個人を、一つの「われわれ」へと束ねるのです。

―「恥ずかしいかけ声」を、世界中でやり続ける理由

話をウォルマートに戻しましょう。あのかけ声は、創業者サム・ウォルトンが1975年、韓国のある工場を訪れたときに生まれました。工場の労働者たちが、毎朝そろって体操をし、会社の歌を歌い、声を張り上げて一日を始める——その一体感に、ウォルトンは強く心を打たれ、「これはいい」とばかりに自社へ持ち帰ったのです。

くだらない、と一笑に付すのは簡単です。実際、社員の中にも「恥ずかしい」と感じる人はいる。それでもウォルマートは、このかけ声を、世界二十数か国、数百万人の従業員が、毎朝、店ごとに、現地の言葉に訳してまで、今も続けています。なぜか。効くからです。この30秒ほどの儀式が、その日一日の「われわれは仲間だ」という所属感を再点火し、そして最後の一言——「ナンバーワンは誰だ? お客様だ!」——で、全員の意識を、もう一度お客様へと向け直す。ウォルトンには、揺るがぬ信念がありました。経営者が社員を扱うそのやり方が、そっくりそのまま、社員がお客様を扱うやり方になる、と。だとすれば、毎朝のこの儀式こそ、会社の空気が現場で「充電」され、お客様へと手渡されていく、その大切な瞬間だったのです。

―儀式とは、空気を「製造」する装置である

ここで、私なりの見方をお伝えします。儀式とは、目に見えない「空気」を、目に見える形で製造する装置です。ふだんは誰の目にも映らない会社の文化が、儀式の中でだけは、声になり、動作になり、繰り返される。「自分たちは何者か」が、決まった時刻に、みんなで、もう一度宣言され、体で感じ直される。だからこそ、壁に貼った理念や、一通のメールでは、絶対に代わりが利かないのです。

そして、忘れないでいただきたい。私たち日本人は、本来、これが得意な民族でした。朝礼。経営理念の唱和。朝のラジオ体操。始業前の掃除。——これらはすべて、まぎれもない「儀式」です。ところが、いつからか多くの経営者が、「昭和くさい」「軍隊みたいだ」「時代に合わない」と、それらを次々に捨ててきました。効率化の名のもとに。しかし科学は、皮肉にも、こう告げているのです。あの古くさい儀式たちは、ずっと、本物の仕事をしていたのだ、と。

―あなたが静かに捨てた、見えない糸

さあ、あなたの会社の話です。少し、思い返してみてください。あなたはいつの間にか、こんな「習慣」を、やめてはいないでしょうか。全員が顔を合わせていた朝の集まりを、「各自でよろしく」に変えたこと。長年勤めた社員の退職を、かつては花束と一言で見送っていたのに、今はメール一本で済ませていること。年末に交わしていた乾杯を、「時間の無駄だから」と省いたこと。

その一つひとつを削るとき、あなたはきっと、「たいしたことじゃない」と思ったはずです。実際、単体で見れば、どれも些細です。けれど、それらはすべて、バラバラの個人を「われわれ」という一枚の布へと縫い合わせていた、見えない糸だったのです。糸を一本、また一本と抜いていったその先に残るのは、無駄をそぎ落とした精鋭のチームではありません。たまたま同じ給与口座から給料をもらっているだけの、他人の集まりです。そして、他人の集まりには、お客様に手渡すべき空気など、どこにもない。この解体は、どんな帳簿にも載りません。気づいたときには、もう「一体感」そのものが、消えてなくなっているのです。

だから、取り戻してください。何も、あの恥ずかしいかけ声を真似る必要はありません(もし、やりたいのなら止めませんが)。必要なのは、たった一つ、繰り返される、みんなで共有する小さな時間です。30秒の朝の円陣でもいい。週末の「今週よかったこと」を一人ずつ言い合う輪でもいい。去る人を、きちんと全員で見送る一場面でもいい。一つ決めて、時刻を決めて、たとえ気まずくても、忙しい日ほど、欠かさず続ける。想像してみてください。半年後、その小さな儀式が、いつの間にか、バラバラだったあなたの社員たちを、もう一度「チーム」へと縫い直していることを。

あなたが「時間の無駄だ」と削りたくなるその習慣こそ、あなたの会社を、ただの建物ではなく「会社」たらしめている、最後の糸かもしれません。次に何かをやめようとするとき、どうか一瞬だけ、問うてください。私は今、どの見えない糸を、抜こうとしているのか。そしてそれが失われたことに気づくのは、私が先か——それとも、社員のほうが、先か。

―勝田耕司