こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
―「人が増えたら、昔の空気が消えてしまった」
ある経営者の方が、寂しそうにこう語りました。
「創業した頃は、社員みんなが家族のようでした。誰が何に困っているか手に取るようにわかって、自然と助け合っていた。あの一体感が、うちの強みだったんです。ところが、おかげさまで人が増えてくると、いつの間にか空気が変わってしまった。部署の壁ができて、隣が何をしているのか見えない。よそよそしくなって、派閥のようなものまで生まれて……。規模が大きくなったのは喜ばしいことのはずなのに、大切なものを失った気がするんです」
これは、成長するすべての会社が必ず直面する問題です。そして多くの経営者が、この変化を「社員の質が落ちた」「最近の若い者は」と、人のせいにしてしまいます。しかし、原因は人ではありません。私たちの脳に刻まれた、ある「数の限界」にあるのです。
―人がつき合える人数には、上限がある
イギリスの人類学者ロビン・ダンバーは、興味深い発見をしました。彼は、サルの仲間(霊長類)の脳の大きさと、その種が作る群れの大きさに、明確な相関関係があることを突き止めたのです。脳の中でも、社会的な関係を処理する「新皮質」が大きい種ほど、大きな群れを作っていました。
この関係を人間の脳に当てはめて計算すると、ある数字が導き出されました。およそ150。人間が、安定した関係を保てる相手の数の上限です。ここでいう「安定した関係」とは、相手が誰で、その人が他の人とどうつながっているかまで把握できる関係を指します。これが、彼の名にちなんで「ダンバー数」と呼ばれるものです。
しかも、この関係には層があります。最も親密な約5人を中心に、その外側に約15人、約50人、そして約150人と、同心円状に広がっていく。150を超えると、私たちは相手の顔と名前は認識できても、「関係を維持する」ことができなくなります。これは努力や気合いの問題ではなく、脳の処理能力という、動かしがたい制約なのです。
―150を超えると、「われわれ」が「あの人たち」になる
この数字が、組織の空気を理解する鍵になります。
社員数が少ないうちは、組織は「全員が全員を知っている」状態で動いています。誰が頑張っていて、誰が困っているかが見える。信頼は顔と顔の間に直接育ち、情報は雑談を通じて自然に流れ、手を抜けばすぐにわかる。だから、ルールで縛らなくても、共有された空気だけで組織が回るのです。創業期の「家族のような一体感」とは、まさにこの状態のことです。
ところが、人数がダンバー数の壁に近づくと、状況は一変します。もはや全員を把握しきれない。すると、知らない相手が増え、匿名性が生まれ、「われわれ(We)」だった集団が、いつしか「あの部署の人たち(They)」へと分裂していく。手を抜いても見えにくくなり、責任の所在が曖昧になり、セクショナリズムや社内政治が芽を出す。あの一体感ある空気は、人数が増えたという、ただそれだけの理由で、自然に薄まっていくのです。空気は、放っておいても規模にはついてきてくれません。
―あえて「小さく」あり続けた世界的企業
この問題に正面から向き合い、見事に解決した企業があります。ゴアテックスで知られる、米国のW・L・ゴア&アソシエイツです。
創業者のビル・ゴアは、ある日、自社の工場を歩いていて、ふと気づきました。従業員全員の名前が、もうわからなくなっている。彼はこれを「この組織は大きくなりすぎた」という危険信号だと受け止めました。そして、ある大胆なルールを定めます。一つの拠点の人数を、およそ150〜200人までに制限する。その規模に近づいたら、組織を分割し、新しい拠点を立ち上げる、と。
彼の信念は明快でした。組織がある規模を超えると、「われわれが決めた(We decided)」という当事者意識が、「彼らが決めた(They decided)」という他人事の空気に変わってしまう、と。だからこそ、全員が顔と名前で知り合える規模を、意図的に守り続けたのです。その結果、ゴアは売上数十億ドルの大企業に成長してもなお、創業期のような風通しと一体感、そして高い創造性を保ち続け、世界で最も革新的な企業の一つであり続けています。「大きくなるために、小さくあり続ける」——この逆説的な戦略こそ、ゴアの強さの源泉でした。
―成長は「タダ」ではない
ここから、すべての経営者が学ぶべき教訓があります。それは、「成長はタダではない」ということです。
社員が一人増えるたびに、組織は少しずつ複雑になり、全員が全員を知るという奇跡のような状態から、わずかに遠ざかります。創業期の空気を支えていたのは、社風でも理念でもなく、「みんなが互いを知っている」という物理的な近さでした。だから、人を増やしながら、何の手も打たなければ、あの空気が薄まっていくのは当然なのです。皮肉なことに、小さな会社を輝かせていた最大の魅力こそ、規模の拡大によって最初に失われるものなのです。
ではどうするか。第一に、組織が大きくなっても、社員が日常的に関わる「単位」を、人間が把握できる規模に保つこと。会社全体は大きくても、チームや部署を、互いに顔の見える小集団に保つ。ゴアのように、大きくなったら分ける勇気を持つことです。第二に、かつて自然に起きていたこと——助け合い、雑談、情報の共有——を、規模が大きくなったら「仕組み」として意図的に再設計すること。近さが失われた分を、設計で補うのです。
会社が大きくなること自体は、素晴らしいことです。問題は、規模の拡大に空気の設計が追いついていないことにあります。あなたの会社の一体感は今も、社員一人ひとりの関係によって支えられているでしょうか。それとも、いつの間にか「あの人たち」という言葉が、社内に増えてはいないでしょうか。
―勝田耕司