こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
―「あの人さえいなければ、いいチームなんですけどね」
経営者や管理職の方から、こんな悩みをよく聞きます。
「一人、どうしても職場の空気を悪くする人がいるんです。いつも不満ばかり言っている。人のアイデアを否定する。やる気がなさそうにしている。でも、仕事はそこそこできるし、長くいる人だから、強く言えなくて……。でも、その人がいる日といない日とで、職場の空気がまるで違うんですよ」
「あの人さえいなければ」——多くの組織が抱える、口に出しにくい本音です。そして経営者の多くは、この問題を「個人の相性」や「我慢すべき小さな摩擦」として、先送りにします。
しかし、これは小さな問題ではありません。一人のネガティブな存在が組織にもたらす損害は、私たちが思っているよりはるかに大きい。今回は、その「見えないコスト」と、それでも空気を守る方法についてお伝えします。
―「腐ったリンゴ」は、樽全体を腐らせる
組織行動学者のウィル・フェルプスらは、2006年に発表した「How, When, and Why Bad Apples Spoil the Barrel(腐ったリンゴはいかにして樽を腐らせるか)」という研究で、衝撃的な実験を行いました。
彼らは大学生を4人一組のチームに分け、課題に取り組ませました。ただし一部のチームには、こっそり「仕掛け人」を一人紛れ込ませます。雇われた役者「ニック」が、三つのネガティブな役柄を演じるのです。ひとつ目は「嫌なやつ(ジャーク)」——人の意見を攻撃的に否定し、対案は出さない。ふたつ目は「怠け者(スラッカー)」——やる気を見せず、手を抜く。みっつ目は「不平家(ダウナー)」——「どうせ無理だ」とこぼし、机に突っ伏す。
結果は明白でした。ニックが入ったチームは、どの役柄であっても、成績が30〜40%も低下したのです。これは、たとえチームに優秀で人柄の良いメンバーが揃っていても、変わりませんでした。
さらに恐ろしいのは、その「感染力」です。ニックが嫌なやつを演じると、周囲も互いに嫌なやつのように振る舞い始める。怠けると、周りも手を抜き始める。机に突っ伏すと、いつの間にか他のメンバーまで、低エネルギーで沈んだ空気になっていく。一人の負の振る舞いが、チームの空気そのものを書き換えてしまうのです。
この研究が示した最も重要な事実は、これです。チームの成果を最もよく予測するのは、最も優秀なメンバーでも、平均的な能力でもなく、「最もネガティブなメンバー」だった——。組織の空気は、最も低いところに引きずられる、ということです。
―なぜ、ネガティブは「伝染」するのか
なぜ、たった一人がこれほどの影響を持つのでしょうか。前回までのコラムでも触れてきたように、空気は人から人へ伝わるものだからです。
人間は、無意識のうちに周囲の表情・口調・態度を模倣し、感情を同調させる性質を持っています。隣の人がため息をつけば、自分の気分も少し沈む。誰かが不満を口にすれば、それまで気にしていなかった不満が、自分の中にも芽生える。ネガティブな感情は、ポジティブな感情よりも強く、速く伝わることが知られています。だからこそ、放置された一人のネガティブは、職場全体の標準的な空気を、静かに下方へと引き下げていくのです。
そして、いったんその空気が「普通」になってしまうと、本来は前向きだった人まで、「ここではそういうものだ」と振る舞いを合わせていきます。腐ったリンゴが一つあるだけで、樽全体がゆっくりと腐っていく——昔からの比喩は、科学的にも正しかったのです。
―それでも「腐らなかった」チームの秘密
しかし、この研究には、希望のある後日談があります。
フェルプスの実験の中で、たった一つだけ、ニックがどんなに悪く振る舞っても成績が落ちなかった「例外のチーム」が存在しました。そのチームには、ある一人のメンバーがいました。彼は、ニックが嫌なやつを演じ始めると、すかさず身を乗り出し、温かい笑顔で受け止め、決して見下すことなく、その場の緊張をやわらげました。そして、すぐに他のメンバーに「あなたはどう思う?」と問いを投げかけ、全員の声を引き出していったのです。後にわかったことですが、彼はある国の外交官の息子で、対立を和らげる天性の力を持っていました。
この事実は、私たちに決定的な教訓を与えてくれます。ネガティブな存在がいても、チームの空気は必ずしも腐らない。鍵を握るのは、その悪意を「安全なもの」に変えてしまう、誰かの振る舞いです。否定には温かさで応え、対立には問いで応える。たった一人のポジティブな関わり方が、たった一人のネガティブを無力化できる。空気は、守ろうとする意志があれば、守れるのです。
―「腐ったリンゴ」を、そもそも樽に入れない
もうひとつの戦略は、そもそも空気を壊す人を組織に入れないことです。
その徹底ぶりで知られるのが、米国のサウスウエスト航空です。創業者のハーブ・ケレハーは「スキルより、姿勢で採用する(Hire for attitude, train for skill)」という哲学を貫きました。彼は、たとえ経験や知識が豊富でも、態度の悪い人は採用しない、と明言していました。スキルは入社後に教えられる。しかし、人の根っこにある姿勢は、研修では変えられないからです。
サウスウエストが採用で見るのは、技術や経歴よりも、「ユーモアを持っているか」「人を思いやれるか」「自分を笑い飛ばせるか」といった人柄でした。その結果、同社は厳しい航空業界にあって、明るく前向きな空気を長年にわたって維持し、卓越した業績を上げ続けました。空気を壊しかねない人を入り口で見極めることは、入った後に空気を立て直すよりも、はるかに低コストなのです。
―「我慢」は、いちばん高くつく
最後に、経営者の皆さんに、向き合っていただきたい問いがあります。
職場の空気を壊す人を「仕事はできるから」と我慢して放置するとき、あなたは周囲の社員に、ある強烈なメッセージを送っています。「この会社では、人を不快にさせても、結果さえ出せば許される」というメッセージです。前向きに頑張っている社員ほど、そのメッセージに失望し、やがて静かに会社を去っていきます。残るのは、空気を壊す人と、それに染まってしまった人たちです。
一人のネガティブを我慢することのコストは、その人の生み出す成果を、たいてい大きく上回ります。それは数字には表れません。しかし、優秀な人の離脱、チーム全体の生産性の低下、顧客に伝わる職場の重さとして、確実に経営をむしばんでいきます。
職場の空気は、最も前向きな一人ではなく、最もネガティブな一人によって決まりがちです。だからこそ経営者は、その一人にどう向き合うかを、決して先送りにしてはなりません。空気を守る覚悟こそが、組織の最も大切な資産を守る仕事なのです。
―勝田耕司