『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】なぜ、悪い情報ほど上がってこないのか?~「沈黙」が会社をむしばむ前に~

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。

―「なぜ、もっと早く言ってくれなかったんだ」

ある経営者の方が、苦い表情でこう振り返りました。

「大口のお客様が離れる兆候を、現場は数ヶ月前からつかんでいたんです。担当者の対応に不満があると。でも、それが私の耳に入ったのは、解約が決まった後でした。あとで聞いたら、『社長を心配させたくなかった』『自分の責任にされると思った』と。私は、うちは風通しがいい会社だと思っていたんですが……」

これは特殊なケースではありません。むしろ、ほとんどの組織で日常的に起きていることです。良い情報は飛ぶように上がってくる。しかし悪い情報は、現場のどこかで止まり、薄められ、時に握りつぶされる。そして経営者がそれを知るのは、たいてい手遅れになってからです。

なぜ、悪い情報ほど上がってこないのか。そして、どうすれば「都合の悪いことこそ、まっ先に届く組織」をつくれるのか。今回はこのテーマを掘り下げます。

―人間には、「悪い知らせを伝えたくない」本能がある

まず知っておくべきは、これが個人の資質や根性の問題ではない、ということです。人間には、悪い知らせの伝達を避けようとする普遍的な心理傾向が備わっています。

心理学者のシドニー・ローゼンとエイブラハム・テッサーは1970年代の一連の研究で、人は相手にとって good news は進んで伝えるのに、bad news になると伝達を渋り、遅らせ、言葉をやわらげることを実証しました。彼らはこれを「MUM効果(Mum=口をつぐむ)」と名づけています。古今東西「悪い知らせを運ぶ使者は嫌われる」という言い伝えがありますが、人はそれを本能的に知っていて、「メッセンジャーとして責められたくない」と感じる。だから、悪い情報の前で口が重くなるのです。

つまり、放っておけば悪い情報は止まる。これが人間の標準仕様です。だからこそ、悪い情報が「自然に」上がってくることはありえません。それが上がってくる組織は、上がってくるように空気を設計しているのです。

―悪い情報の「沈黙」が、組織を破滅させた例

悪い情報が経営の中枢に届かないことの恐ろしさを、最も劇的に示したのが、1986年のスペースシャトル「チャレンジャー号」の事故です。

打ち上げの前夜、固体燃料ロケットを製造していたモートン・サイオコール社の技術者たちは、低温下では「Oリング」と呼ばれる密閉部品が機能しなくなる危険を訴え、打ち上げに反対していました。技術的な懸念は、現場では明確に存在していたのです。しかし、打ち上げを急ぐ強いプレッシャーの中で、その警告は経営判断の場で押し戻され、ゴーサインが出されました。結果、シャトルは発射直後に空中分解し、7名の乗組員が命を落としました。

社会学者のダイアン・ヴォーンは、この事故を徹底的に分析した著書の中で、「逸脱の常態化(normalization of deviance)」という概念を提示しました。Oリングの異常は、当初は重大な懸念でした。しかし「今回も無事だった」という経験が積み重なるうちに、危険は少しずつ「許容範囲」へとずれていき、やがて誰も警告を真剣に受け取らなくなった——。悪い情報が、組織の空気の中で静かに無害化されていったのです。

これは宇宙開発だけの話ではありません。納期や数字へのプレッシャー、「波風を立てたくない」という空気、声を上げた人が損をする雰囲気。これらが揃えば、どんな組織でも、規模を問わず、同じ構造に陥ります。

―トヨタは、「問題を隠せない仕組み」を空気にした

では、逆に「悪い情報がまっ先に届く組織」は、どうやってそれを実現しているのでしょうか。

世界的な手本が、トヨタの「アンドン」です。トヨタの生産ラインには、異常に気づいた作業員が誰でも引ける「アンドンの紐」が張られています。紐を引けば合図のランプが点灯し、リーダーがすぐに駆けつけ、その場で問題が解決されます。注目すべきは、トヨタでは紐を引くことが叱責の対象ではなく、むしろ「問題に気づいたのに紐を引かないこと」のほうが問題視される、という点です。沈黙が美徳ではなく、問題を表に出すことが評価される。空気が、完全に逆向きに設計されているのです。

ここに、決定的な教訓があります。かつてアメリカの自動車メーカーがこの仕組みを真似て、同じように紐を設置しました。ところが、ほとんど機能しませんでした。なぜか。作業員が、紐を引くことを恐れたからです。引けば責められる、評価が下がる、面倒な人間だと思われる——そういう空気の中では、たとえ立派な仕組みがあっても、誰も使いません。仕組みはコピーできても、空気はコピーできなかったのです。

これは、多くの会社の「目安箱」や「報告ルール」が形骸化する理由とまったく同じです。制度をつくっても、悪い情報を出した人が損をする空気が残っていれば、人は永遠に口をつぐみます。

―悪い情報が上がるかどうかは、経営者の「最初の反応」で決まる

ではどうすれば、空気を変えられるのか。出発点は、経営者自身の「悪い情報への反応」です。

社員が勇気を出して、都合の悪い報告を持ってきた、その瞬間。経営者が顔をしかめ、「なぜそうなった」「誰の責任だ」と問い詰めれば、その社員は二度と悪い情報を持ってきません。そしてその様子を見ていた周囲も、「やはり黙っていたほうが得だ」と学習します。たった一度の反応が、組織全体の空気を決めるのです。

逆に、「よく教えてくれた。早く分かって助かった」とまず感謝し、犯人探しではなく「では、どうするか」へと話を進める。この反応を積み重ねた経営者のもとには、やがて悪い情報が、隠されることなく、早い段階で集まるようになります。悪い知らせを運んだ使者が、責められるのではなく労われる。その体験こそが、MUM効果という人間の本能を上書きする、唯一の方法です。

―「悪い情報の速さ」は、組織の健康診断である

最後に、経営者の皆さんに、ひとつの視点をお渡しします。

組織の健康状態を測る指標は、売上でも利益でもありません。最も早く危機を教えてくれるのは、「悪い情報が、どれだけ速く、薄まらずに、自分のところまで届くか」です。

悪い情報が速く届く組織は、問題が小さいうちに手を打てます。だから大事に至らない。一方、悪い情報が遅く届く組織は、問題が手遅れになるまで膨らんでから露見する。表面上は静かで穏やかに見えても、水面下では「見えない負債」が積み上がっているのです。

あなたの会社では今日、誰かが言いにくいことを、あなたに伝えようとしているかもしれません。その小さな声が、薄まらずに届く空気があるかどうか。それを決めているのは、制度でも仕組みでもなく、これまであなたが、悪い知らせにどう反応してきたかという、空気の蓄積です。

沈黙は、平和の証ではありません。沈黙が支配する組織ほど、静かに危うい。悪い情報がまっ先に届く空気は、今日のあなたの「最初のひと言」から、つくり始めることができます。

―勝田耕司