こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
―「なんか最近、社内がギスギスしているんですよね」
ある日、私のもとに相談に来られた、従業員数80名ほどの製造業を営む社長・田中義雄さん(仮名)は、開口一番そうおっしゃいました。
「業績は悪くない。むしろここ数年、売上は右肩上がりです。でも、なんか……空気が重いんです。会議に活気がない。部署間で情報を囲い込む。新入社員がすぐ辞める。数字には出てこないんだけど、確実に何かがおかしい」
この感覚、経営者であればきっと一度は覚えたことがあるのではないでしょうか。「ギスギス」という言葉は、実は非常に正確な表現です。それは単なる人間関係の問題ではなく、組織の「空気感」が設計されていないことから生まれる、経営上の構造的問題です。今回は、この「社内のギスギス」がどこから来るのか、そしてどうすれば「意図的に」空気を変えられるのかを、具体的なエビデンスと実践事例を交えながらお伝えします。
―「ギスギス」の正体は、心理的安全性の欠如である
2012年から2015年にかけて、Googleは社内で「プロジェクト・アリストテレス」と呼ばれる大規模な組織研究を実施しました。180以上のチームを分析した結果、パフォーマンスの高いチームに共通していた最大の要因は「心理的安全性(Psychological Safety)」であることが明らかになりました。心理的安全性とは、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念で、「このチームでは、リスクを取った発言や行動をしても、罰せられたり、恥をかかされたりしないという信念が共有されている状態」のことです。つまり、「ギスギス」した職場とは、心理的安全性が低い職場です。そこでは、こんなことが起きています。
- 失敗を隠す(怒られるから報告しない)
- 意見を言わない(どうせ聞いてもらえないから黙っている)
- 助け合わない(自分のことで精一杯、人を助ける余裕も動機もない)
- 情報を囲い込む(自分の立場を守るためにあえて共有しない)
これらはすべて、「この職場で正直に動くと損をする」という空気感が組織に広がっているサインです。そしてこの空気は、放っておけば自然には変わりません。意図的に設計し直さなければならないのです。
―なぜ業績が良くても「ギスギス」するのか
田中さんのケースに戻りましょう。業績は好調なのに、空気が悪い。これは矛盾しているように見えますが、実はよくあることです。MITスローン経営大学院のダニエル・キム教授が提唱した「成功の循環モデル」によれば、組織の成果は次のサイクルで生まれます。
関係の質 → 思考の質 → 行動の質 → 結果の質
そして、この循環には「グッドサイクル」と「バッドサイクル」の二種類があります。多くの企業が陥るのは「バッドサイクル」です。結果(売上・利益)だけを追い求めると、人間関係が犠牲になります。「結果を出せ」というプレッシャーが強まると、社員は自分を守ることに必死になり、助け合いや正直な意見交換が失われる。その結果、思考の質が下がり、やがて行動の質も落ち、最終的には結果の質まで落ちていく。業績が好調なうちは、このバッドサイクルの初期段階にいます。だらこそ「なんとなく不安」という感覚が生まれるのです。田中さんの「言葉にならない不安」は、経営者としての正確な感知能力の証です。逆に言えば、まだ手を打てる段階にいる、ということでもあります。
―「空気」は意図的につくれる
ここで重要な問いがあります。「空気なんて、意図的につくれるものなのか?」
答えは、Yesです。
行動経済学者のリチャード・セイラーとキャス・サンスティーンは、著書『NUDGE(ナッジ)』の中で、「人間の行動は、選択肢の提示の仕方(アーキテクチャ)によって大きく変わる」ことを示しました。つまり、環境や仕組みを設計することで、人々の行動を変えることができる。これは組織の空気感にも応用できます。
空気は「自然発生するもの」ではなく、「設計するもの」、、、では、空気を設計するとは具体的に何をすることでしょうか。それは大きく3つの要素に分けられます。①言葉の設計(何を、どう語るか) ②場の設計(どんな場を、どう作るか) ③行動の設計(誰が、何をするか)この3つが噛み合ったとき、組織の空気は変わります。
―言葉の設計:社長の「語り方」が空気をつくる
言語学者のジョン・オースティンは「発話行為論」の中で、「言葉は単に情報を伝えるだけでなく、現実を作り出す力を持つ」と述べています。社長が何を語るか、どう語るかは、そのまま会社の空気を形成します。株式会社グリーンスプーン(東京・渋谷)の事例が参考になります。同社は「健康的な食を、もっと身近に」というビジョンを掲げていますが、同社が意識しているのは「何を言うかではなく、どう語るか」だといいます。
具体的には、月次の全社ミーティングで必ず「今月、誰かが誰かを助けた話」を紹介するコーナーを設けています。数字の報告の前に、人の話をする。これだけで、「この会社は人を大切にする」という空気が会議室に流れます。心理学では「プライミング効果」と呼ばれる現象があります。ある刺激を先に受けることで、その後の認知や判断が変わるというものです。「人の話を先にする」というシンプルな設計が、その後の議論全体のトーンを温かくする。これが言葉の設計です。
―場の設計:「どこで・どう話すか」が関係の質を変える
次に「場」の設計です。大阪に本社を置く中堅アパレル企業、B社では、数年前まで部署間の壁が非常に高く、営業と企画が互いに不満を持っていました。そこで同社が導入したのが、「クロスランチ制度」です。月に一度、異なる部署の社員2〜3名がランダムにペアを組み、会社が費用を負担して一緒にランチを食べる。ただそれだけです。議題も目標も設定しない。「ただ食べる」だけの場を意図的につくった。導入から半年後、部署間の情報共有量が目に見えて増えたと言います。「廊下ですれ違っても話しかけやすくなった」「あの人が何をやっているか知れた」という声が社内に広がりました。スタンフォード大学の社会学者マーク・グラノヴェッターが提唱した「弱い紐帯の強さ」理論によれば、強い絆(仲の良い同士)よりも、弱い繋がり(ちょっとした知り合い)の方が、組織に新しい情報やアイデアをもたらすことが研究で示されています。クロスランチはまさに、この「弱い紐帯」を意図的に生み出す場の設計です。
―行動の設計:リーダーが「最初に動く」ことの絶大な効果
最後に「行動」の設計です。組織の空気をつくるうえで、最も影響力を持つのはリーダー自身の行動です。これは「社会的学習理論」(アルバート・バンデューラ)によって裏付けられています。人は、周囲の人間の行動を観察し、模倣することで学習します。特に、権威ある人物の行動は、周囲に強いモデリング効果をもたらします。つまり、社長や管理職が「どう動くか」を見て、社員は「この組織でどう動けばよいか」を学ぶのです。
愛知県に本社を置く中小製造業、F社では、かつて朝礼が形式的で誰も発言しない状況が続いていました。社長の桜井勉氏がある日試みたのは、「自分の失敗談を朝礼で話す」ということでした。「先週、お客様への見積もりでミスをしました。その時、こう対処しました。学んだことはこれです」最初、社員は驚いたといいます。「社長が失敗を認めた」という事実が、じわじわと組織に広がっていきました。数週間後、若い社員が「実は先日こんなミスをして……」と自発的に話し始めるようになった。ミスを隠す文化が、ミスを共有する文化へと変わっていったのです。これが行動の設計です。社長が「最初に動く」ことで、組織の空気は変わります。
―田中さんの会社が変わるまで
冒頭の田中義雄さんの話に戻りましょう。同社が実施したのは以下の3点です。
①毎月の幹部会議の冒頭15分を「感謝の共有」に充てる
ー部下やお客様から「ありがとう」と言われた話を、一人ひとりが話す場を設ける。数字の話は後回し。まず「人の話」から始める。
②部署をまたいだ「問題提起ランチ」を月2回実施する
ー「最近困っていること」を一つ持ち寄り、違う部署の人と一緒にランチしながら話す。解決しなくていい。聞いてもらうだけでいい。
③田中社長自身が、週1回社内ブログに「今週の学び・反省」を書く
ー完璧な経営者ではなく、「一緒に考えている人」としての姿を見せる。
この3つを始めて3ヶ月後、田中さんからこんなメッセージが届きました。「先日の全体会議で、若手の社員が自分から手を挙げて発言したんです。それを見て、なぜか目頭が熱くなりました。空気って、変えられるんですね」
―「ギスギス」は放置しない。今日から始める空気の設計
「社内の雰囲気が悪い」と感じながら、「まあ業績が良ければいいか」と放置している経営者が、残念ながら非常に多い。しかし、組織の空気は一度悪化すると、加速度的に悪くなります。優秀な社員から先に辞めていく。残った社員は「自分も早く出よう」と思い始める。やがて業績にも影響が出る。ダニエル・キムの成功の循環モデルが示すように、業績という「結果の質」を長期的に高めるためには、「関係の質」から手をつけるしかありません。そして関係の質を高めるのは、「空気の設計」です。
空気は見えない。数字にならない。だからこそ、多くの経営者が後回しにします。しかし、見えないからこそ、意図的に設計した企業だけが、圧倒的な差をつけることができる。「なんか社内がギスギスしているな」という感覚は、経営者としての大切なシグナルです。その感覚を信じて、今日から小さな一歩を踏み出してみてください。
言葉を変える。場をつくる。自分が先に動く。
それだけで、あなたの会社の空気は、確実に変わり始めます。
―勝田耕司
