こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
―その決裁は、朝でしたか、夕方でしたか
一つ、思い出してみてください。あなたが最近下した、重要な決断。値決め、人事、新しい取引先とのGO/NOGO、大きな投資の可否。——それは、一日のうち、何時ごろに下したものだったでしょうか。頭が冴えた、すっきりとした朝でしたか。それとも、細かな判断を山ほどこなし、疲れがにじんだ、夕方だったでしょうか。
多くの経営者は、この問いを、気にも留めません。「重要なことは、いつ考えても、自分の判断は変わらない」と信じているからです。ところが——それは、幻想です。あなたの判断力は、一日という時間の中で、決して一定ではありません。それは、朝から夕方にかけて、あなた自身がまったく気づかないうちに、静かに、確実に、すり減っていくのです。今日は、あなたの最も重要な決断が、なぜ「疲れた自分」に下されがちなのか、そしてそれがいかに危険かをお話しします。
―「昼食の前」に、仮釈放は却下される
これを、背筋の凍るような形で示した研究があります。心理学者のシャイ・ダンジガーらが、イスラエルの仮釈放審査を分析したものです。彼らは、8人のベテラン裁判官が下した、1,000件を超える仮釈放の判断を、丹念に調べ上げました。
裁判官たちは、一日を三つの審理の区切りで進め、その合間に、軽食と昼食の休憩をとります。そして、判断が下された「順番」と結果を、時間軸に沿って並べてみたのです。すると、恐るべきパターンが浮かび上がりました。休憩を終えた直後、仮釈放が認められる確率は、およそ65%。ところが、審理が進むにつれ、その確率はじりじりと下がり続け、次の休憩の直前には、ほとんどゼロにまで落ち込んでいたのです。そして、休憩をはさんで食事をとると——確率は、再び、ぽんと65%に跳ね返る。
つまり、まったく同じような罪状の囚人であっても、「休憩明けに審理された」か「休憩前に審理された」かで、その運命が、大きく分かれていた。「正義とは、裁判官が朝食に何を食べたかで決まる」。かつて皮肉として語られたその言葉が、データによって、笑えない現実として突きつけられたのです。(誠実にお伝えすれば、この研究には、審理の順番が本当にランダムだったのか、効果は過大に見積もられていないか、といった批判も存在します。ただ、「判断を重ねるほど、人の決定は劣化していく」という核心そのものは、私たちの誰もが、身をもって知っているのではないでしょうか。)
―決断は、消耗する。しかも、気づかぬうちに
この現象は「決定疲れ」と呼ばれます。人が何かを決めるという行為は、それ自体が、心のエネルギーを消耗させます。そして、決断を重ねれば重ねるほど、次の決断を、まともに下す力が、削られていく。買い物を長く続けると、どっと疲れて、最後は「もう、なんでもいいや」と投げやりに選んでしまう。あれと、同じことが、あなたの経営判断にも起きているのです。
疲れた脳が下す決断には、はっきりとした「癖」があります。それは、「現状維持」に、そして「楽なほう」に、流れることです。あの裁判官たちが、疲れてくると「仮釈放を認める(=責任を伴う変化)」を避け、「却下する(=現状維持)」に傾いていったように。挑戦的な提案を、夕方に持ち込まれると、あなたは無意識に「まあ、今回は見送ろう」と却下しているかもしれない。断るべき悪い話を、疲れた頭で「もう、いいや」と通してしまっているかもしれない。しかも——最も恐ろしいのは、この劣化が、自分ではまったく感じ取れないことです。夕方のあなたの頭の中の感触は、朝と、何も変わりません。ただ、下す判断の質だけが、静かに落ちている。あなたは、二割愚かになった自分に気づかないまま、その自分に、会社の重大事を決めさせているのです。
―大統領が、灰色と紺の服しか着ない理由
では、賢明な人々は、この見えない敵に、どう立ち向かっているのでしょうか。ここに、示唆に富む例があります。アメリカのオバマ元大統領は、在任中、灰色か紺、二色の色合いのスーツしか着ませんでした。理由を、彼はこう説明しています。「私は、決断の数を減らそうとしている。何を食べるか、何を着るか、といったことに、決断を使いたくない。私には、下すべき、もっと重要な決断が、山ほどあるのだから」と。
彼は、「決断という行為が、その後の決断を下す力を蝕む」という研究を、意識していました。だから、どうでもいい決断を、自分の一日から、意図的に締め出したのです。同じように、アップルのスティーブ・ジョブズは、いつも同じ黒いタートルネックを着ていました。物理学者アインシュタインも、同じ灰色の服を何着も持っていたと言われます。彼らは、決して倹約家だったわけではありません。自分の「決断のエネルギー」が、有限の、貴重な資源であることを知っていた。だから、それを、瑣末なことで一滴も無駄にせず、本当に重要なことのために、温存していたのです。
―あなたは、判断力を「浪費」していないか
さあ、あなた自身の一日を、見つめ直してください。あなたは今日、どれだけの「どうでもいい決断」を、自分で下したでしょうか。文房具の発注の承認。会議室の予約の調整。誰でもできるはずの、細かな確認。——そうした一つひとつが、あなたの貴重な決断エネルギーを、少しずつ、しかし確実に、吸い取っています。そして、本当に重要な決断を下す頃には、あなたのタンクは、もう空に近い。あなたは、瑣末なことのために判断力を浪費し、肝心なところで、すり減った頭を使っているのかもしれません。
そして、これは透明資産の視点から見ても、重大な問題です。細かな決裁のすべてを社長に上げてくる会社——一見、統制がとれているようで、実は、社長の判断力という、会社で最も希少な資源を、日々、枯渇させている組織なのです。逆に、瑣末な決定を現場に任せられる空気のある会社は、社長のエネルギーを、本当に社長にしか下せない決断のために、温存できている。決断を手放せるかどうかは、単なる権限委譲の問題ではありません。あなたの判断力を守る、防衛策なのです。
だから、二つ、始めてみてください。一つは、「重要な決断は、午前中に下す」と決めること。冴えた頭を、最も重い判断のために取っておく。疲れた夕方に持ち込まれた重大事は、可能なら、「明日の朝、決める」と、堂々と先送りしてください。それは怠慢ではなく、賢明さです。もう一つは、どうでもいい決断を、自分の一日から追い出すこと。仕組みで自動化し、現場に任せ、自分が決めるべきことの数そのものを、減らすのです。
想像してみてください。あなたが、最も重要な決断だけに、最も冴えた頭で向き合えるようになった、その経営を。判断の質が上がるのに、決断の「数」は減っている。あなたの会社の運命を左右する決断は、これからは、疲れ果てた夕方のあなたではなく、冴えわたる朝のあなたが、下すのです。
あなたの判断力は、朝に満タンで、夕方に空になる、有限のタンクです。あなたは今日、そのタンクを、何に使ったでしょうか。会社の未来を決める、あの一手のために、あなたは、どれだけの力を、残しておけたでしょうか。
―勝田耕司