こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
―「うちの社員は、なぜ自分で考えて動かないのか」
経営者から最もよく聞く嘆きのひとつが、これです。「言われたことしかやらない」「自分で判断できない」「何かあるとすぐ聞きに来る」「指示を待っている」——。こうした「指示待ち社員」の存在に頭を悩ませる経営者は、業種や規模を問わず、実に多い。そして多くの場合、経営者はその原因を「社員の資質」や「最近の若者の傾向」に求めます。「うちに来る人材のレベルが下がった」「ゆとり教育の弊害だ」「Z世代はそういうものだ」と。しかし、私はこの見立てに、根本的な疑問を持っています。同じ時代に、同じ採用市場から人を集めながら、社員が生き生きと自分で考えて動いている会社と、指示を待ち続ける社員ばかりの会社が、並存しています。この差は、いったいどこから来るのでしょうか。
―「指示待ち」は、空気が育てる
結論から言います。指示待ち社員は、指示待ちになる空気の中で育ちます。これは厳しい言い方に聞こえるかもしれません。しかし、行動科学の観点から見ると、これは非常に明快な現象です。ハーバード大学の心理学者B・F・スキナーが提唱した「オペラント条件付け」の理論によれば、人間の行動は「その行動の結果として何が起きるか」によって強化されるか、消去されるかが決まります。自分で考えて動いたとき、その行動が認められ、評価され、うまくいったという経験が積み重なれば、人は自発的に動くようになる。逆に、自分で考えて動いたとき、叱られた、否定された、余計なことをするなと言われた、という経験が続けば、人は「動かないこと」を学習します。つまり、「指示待ち」は性格でも世代の問題でもなく、組織の空気が生み出した「学習された行動パターン」なのです。
―トップダウンの「副作用」
多くの中小企業では、創業者や経営者のリーダーシップが強く、トップダウンで意思決定が行われる文化が根付いています。創業期には、この文化は強みになります。スピード感があり、ブレがなく、経営者の判断力がそのまま会社の推進力になる。しかし、組織が大きくなり、事業が複雑化するにつれて、この文化は「副作用」を生み始めます。経営学者のヘンリー・ミンツバーグは、著書『マネジャーの仕事』の中で、強いトップダウン型組織の危険性についてこう述べています。「すべての判断がトップに集中する組織では、ミドルと現場は判断することをやめ、やがて判断する能力そのものを失っていく」と。これは個人の怠慢ではありません。「自分が判断しなくてもよい」という環境に長くいると、人間は自然に判断する筋肉を使わなくなる。筋肉と同じで、使わなければ衰えます。そしてある日、「なぜ自分で考えて動かないのか」と経営者が嘆く。しかしその状態を生み出したのは、ほかならぬ組織の空気だったのです。
―自分で考える社員が育つ会社の「空気」とは何か
では、社員が自発的に考えて動く組織には、どんな空気があるのでしょうか。京セラの創業者・稲盛和夫氏が構築した「アメーバ経営」は、その好例として世界的に知られています。アメーバ経営とは、会社を小さな組織単位(アメーバ)に分割し、それぞれが独立採算で経営するという仕組みです。しかしこの仕組みの本質は、制度設計だけにあるのではありません。稲盛氏は著書『アメーバ経営』の中で、この仕組みが機能する前提として「全員が経営者意識を持てる空気をつくること」を挙げています。数字の仕組みより先に、「自分がこの組織の主役だ」という空気を醸成することが、人を自発的に動かす源泉だと述べているのです。アメーバ経営の導入企業の多くが「仕組みだけ入れてもうまくいかない」と言います。その理由は、仕組みを機能させる「空気」が伴っていないからです。制度は器に過ぎません。その器に命を吹き込むのは、組織の空気感なのです。
―「任せる」と「放置する」は、まったく違う
自発的に動く社員を育てようとするとき、経営者がよく陥る誤解があります。それは「任せる」ことと「放置する」ことを混同することです。「自分で考えて動いてほしいから、口を出さない」という姿勢は、一見すると「任せる」ように見えますが、多くの場合「放置」に近い状態です。自律的に動くためには、判断の「軸」が必要です。何を大切にすべきか、何を優先すべきか、どこまでが自分の権限か——こうした「判断の地図」が共有されていない状態で「自分で考えろ」と言っても、社員は途方に暮れるだけです。リッツ・カールトンホテルは、「従業員が自分の判断でお客様の問題を解決できる」ことで世界的に知られています。現場スタッフが上司の許可なく、一定額までの判断をその場で下せる。これは「放置」ではありません。「私たちはお客様に最高のサービスを提供する」という価値観が、全スタッフに徹底的に浸透しているからこそ、権限委譲が機能する。リッツ・カールトンの元日本支社長、高野登氏は著書『リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間』の中で、「判断を委ねるためには、まず価値観を共有する空気をつくることが先だ」と述べています。判断の地図が空気として組織に満ちているとき、初めて人は自分の頭で考えて動けるようになるのです。
―「失敗の空気」が、自発性を殺す
自発的に動くためには、もうひとつ不可欠な要素があります。「失敗しても大丈夫だ」という空気です。自分で考えて動くということは、正解のわからない判断をするということです。正解のわからない判断をするということは、失敗するリスクを負うということです。そのリスクを負うためには、「失敗しても、責められず、学びに変えられる」という空気が組織になければなりません。ソニーの共同創業者・井深大氏は、生前こんな言葉を残しています。「失敗を恐れる組織から、新しいものは生まれない。失敗を笑える空気が、挑戦を生む」と。実際、ソニーがウォークマンをはじめとする革新的な製品を生み出し続けた時代の社内には、「面白いと思ったらやってみろ」という空気が色濃くありました。創業者たちが率先して実験し、失敗を公言し、それを笑い飛ばす文化があった。その空気が、エンジニアたちの自発的な挑戦を引き出し続けたのです。失敗を罰する空気の中では、人は「正解がわかっていること」しかやらなくなります。それが極まったとき、指示待ちが完成します。「指示された通りにやれば、責任を取らなくて済む」——これは人間として、きわめて合理的な判断です。その判断を生み出しているのは、組織の空気にほかなりません。
―「問いの空気」が、思考を育てる
自発的に考える力は、「問い」によって育ちます。答えを与え続ける組織では、社員は答えを待つようになります。しかし、問いを投げかけ続ける組織では、社員は自分で答えを探すようになります。これは教育心理学の知見とも一致します。ハーバード大学の教育学者デイビッド・パーキンスは、著書『全体的思考』の中で、「考える力は、考えることを求められる環境の中でしか育たない」と述べています。答えが与えられ続ける環境は、思考の筋肉を退化させる。問いが日常的に飛び交う環境は、思考の筋肉を鍛える。国内でこの「問いの文化」を意図的につくっている企業として、星野リゾートが挙げられます。星野佳路代表は、経営判断を「フラットな議論」に基づいて行うことで知られており、社員が経営者に対しても臆せず意見を言える空気づくりに長年取り組んできました。星野氏は「答えを持っているリーダーより、良い問いを持っているリーダーの方が、組織を伸ばす」という考え方を一貫して実践しています。その結果、星野リゾートの現場スタッフは、顧客対応から施設運営まで、自分たちで考えて改善を重ねる文化を持つことで知られています。これは採用の結果ではなく、空気の結果です。
―「なぜ動かないのか」ではなく「なぜ動けないのか」
指示待ちに悩む経営者に、私はいつもこう問いかけます。「社員が自分で動いたとき、あなたはどんな反応をしていましたか?」この問いに、しばらく黙り込む経営者が少なくありません。そして、ゆっくりと思い当たる場面を振り返り始めます。「そういえば、余計なことをするなと言ったことがある」「自分のやり方と違ったから、修正させた」「うまくいかなかったとき、きつく叱った」——。社員は、経営者の反応から「この組織のルール」を学びます。自分で動いた結果として何が起きるかを、繰り返し観察することで、無意識のうちに「ここでは動かない方がいい」という結論を導き出す。「なぜ動かないのか」と問う前に、「なぜ動けない空気になっているのか」を問うこと。この問いの転換が、指示待ち問題を解くための、最初の鍵です。人は本来、自分で考えて動きたい生き物です。それを阻んでいるのは、多くの場合、組織の空気です。そしてその空気は、意図的につくり直すことができます。
自分で考えて動く社員は、採用で手に入れるものではありません。空気によって育てるものです。
―勝田耕司
