こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。 透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
「なぜあの会社は人が辞めないのか」という問いから始まる
採用難と離職率の上昇が、多くの経営者にとって最も深刻な経営課題のひとつになっている今、ある種の「格差」が経営者の間で生まれています。
採用に苦しみ、せっかく採用した人材が次々と辞めていく会社がある一方で、「うちは求人を出してもいないのに、紹介で人が来る」「10年以上働いているスタッフが多い」「離職率が業界平均の半分以下だ」という会社が確かに存在しています。
この差はどこから来るのか。給与水準でしょうか。業種の魅力でしょうか。会社の知名度でしょうか。
私がコンサルタントとして数多くの企業を見てきた結論は、明確です。人が辞めない会社と人が辞め続ける会社の間にある最も根本的な差は、「職場の空気の設計」です。
今回のコラムでは、離職率を劇的に下げた組織に共通する「空気の設計図」を、研究データと実際の企業事例を交えながら徹底的に解剖します。読み終えたとき、あなたは「何を変えれば、人が辞めない組織になれるか」について、具体的な視点を持てるはずです。
離職の「表向きの理由」と「本当の理由」の深い溝
人が辞めない会社をつくるためには、まず「なぜ人は辞めるのか」の本当の構造を理解することが必要です。
エン・ジャパン株式会社が実施した退職理由に関する調査(回答者2万人以上)では、退職時に会社に伝えた理由と「本当の退職理由」の間に、著しい乖離があることが明らかになっています。「キャリアアップのため」という建前の裏に、「上司の仕事の仕方が気に入らなかった」「社内の雰囲気・人間関係が悪かった」「評価制度への不満」という本音が隠れている。
なぜ本音を言わないのか。それ自体が、その組織の空気の問題です。本音を言えば気まずくなる。言っても変わらない。もうここを去るのだから関係ない——この感覚は、日常から本音を言えない空気の中で形成されています。
つまり、退職面談で本音が出てこない組織は、日常から本音が言えない組織です。この構造を変えない限り、どれだけ「退職理由を聞く仕組み」を整えても、離職の根本原因には届きません。
ギャラップ社が世界112カ国・270万人以上の従業員を対象に実施した2023年の調査「State of the Global Workplace」では、従業員が離職を考える最大の要因として「マネジャーとの関係」「職場における承認の欠如」「成長機会の不在」が挙げられています。これらはすべて、「空気」の問題として集約されます。職場の空気が、人を留めるか去らせるかを決定しているのです。
人が辞めない会社の「空気の設計図」第一層:安全の空気
人が辞めない会社の空気の設計図には、複数の層があります。最も基盤となる第一層は「安全の空気」です。
安全の空気とは、「ここでは、本音を言っても大丈夫だ」「失敗しても、責められるだけでなく一緒に解決できる」「助けを求めても、弱く見られない」という感覚が組織全体に共有されている状態です。
ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授が提唱した「心理的安全性」の概念は、この安全の空気を理論的に裏付けるものです。グーグルが2012年から2015年にかけて実施した「プロジェクト・アリストテレス」では、180以上のチームを分析した結果、パフォーマンスの高いチームに共通していた最大の要因が「心理的安全性」であることが明らかになりました。そして心理的安全性の高い職場は、そうでない職場と比較して離職率が著しく低いことも、同研究で示されています。
安全の空気が欠如した職場では、社員は「自分を守ること」に最大のエネルギーを使います。失敗を隠す、問題を報告しない、本音を語らない——これらはすべて「自己防衛の合理的な選択」です。しかしこの選択が積み重なると、職場は「消耗の場」になります。消耗した社員は、「ここにいることのコスト」が「ここを去ることのコスト」を上回ったとき、辞めます。
安全の空気をつくるために、経営者が今日からできる最もシンプルな行動があります。社員が「失敗した」「問題が起きた」という情報を持ってきたとき、最初に「教えてくれてありがとう」と言うことです。この一言が、「ここでは悪い情報を持ってきても安全だ」というシグナルを組織全体に送ります。このシグナルの積み重ねが、安全の空気の土台をつくります。
人が辞めない会社の「空気の設計図」第二層:承認の空気
第二層は「承認の空気」です。
人が職場に留まる最も強力な理由のひとつが「自分はここで必要とされている」という感覚です。この感覚は、給与水準や福利厚生では代替できません。承認の空気の中にいる社員だけが、この感覚を日常的に得られます。
心理学者のエイブラハム・マズローが提唱した「欲求の五段階説」において、「承認欲求」は生理的・安全的・社会的欲求の上位に位置します。給与や福利厚生は下位の欲求(生理的・安全的欲求)を満たすものです。人間は下位の欲求が満たされると、必ず上位の欲求——承認、そして自己実現——を求めるようになります。これが「給与を上げても離職が止まらない」現象の根本的なメカニズムです。
承認の空気とは、「よくやった」という言葉だけではありません。社員の意見が真剣に聞かれる空気、失敗しても学びに変えられる空気、一人ひとりの個性や強みが活かされる空気——これらすべてが「承認」の形です。
ウォートン・スクールのアダム・グラント教授が行った研究では、自分の仕事がどのように他者の役に立っているかを具体的に知ることが、生産性と持続的な意欲を劇的に高めることが示されています。「あなたの仕事が、このお客様にこんな影響を与えている」という事実を伝えることが、給与アップよりも強力な動機付けになりえます。
承認の空気を日常に根付かせるために最も効果的なのは、「お客様からの感謝を組織全体で受け取る設計」をすることです。お客様から「ありがとう」という声をいただいたとき、それが対応した社員だけの記憶に留まるのではなく、チーム全体で共有される文化をつくる。この文化が、「自分たちの仕事には意味がある」という承認の空気を日常化します。
人が辞めない会社の「空気の設計図」第三層:成長の空気
第三層は「成長の空気」です。
デロイト社が実施したグローバル調査では、ミレニアル世代・Z世代が転職を考える最大の理由のひとつとして「成長機会の欠如」が挙げられています。「この会社にいても、自分は成長できない」という感覚が芽生えた瞬間に、優秀な人材は次の場所を探し始めます。
しかし「成長の空気」とは、研修制度やキャリアパスの整備だけを指しません。日常の仕事の中で「自分が少しずつ変わっていく」という感覚を生み出す空気のことです。
成長の空気には、三つの要素が必要です。第一に「挑戦が歓迎される空気」——新しいことを試みることが、失敗のリスクではなく成長の機会として歓迎される。第二に「フィードバックが建設的な空気」——失敗に対して「なぜできないのか」という批判ではなく「次はどうすればよかったか」という学びの対話が起きる。第三に「成長が見える化される空気」——「先週よりできるようになったこと」が言語化され、社員自身が成長を実感できる。
任天堂は、技術革新が激しいゲーム産業において、独自の「遊び心と創造性を引き出す空気」を経営の核に置き続けてきた企業として知られています。故・岩田聡元社長は「面白いことをやろうとしている会社に、面白い人が集まる」と語っていました。成長の空気は採用で手に入れるものではなく、日々の仕事の中で醸成するものだという考え方が、任天堂という組織の底流にあります。
成長の空気が根付いた職場では、社員は「ここにいると自分が変わっていく」という実感を持ち続けます。この実感が「ここを離れたくない」という定着の感情を育てます。
人が辞めない会社の「空気の設計図」第四層:意味の空気
第四層は「意味の空気」です。
フランクルの著書『夜と霧』で示された「意味への意志」——人間は、どんな状況においても意味を見出すことができるとき、生きる力を持ち続けられる——という洞察は、組織論にも深く適用できます。社員が「この仕事には意味がある」「この組織の活動は社会に貢献している」という感覚を持てているとき、多少の困難や不満があっても、職場に留まろうとする力が生まれます。
しかし「意味の空気」をつくることは、「経営理念を掲げること」ではありません。多くの会社が立派な経営理念を持ちながら、その理念が「壁の額縁の言葉」として形骸化しています。意味の空気は、経営者が日常の行動を通じて「なぜこの事業をやるのか」を繰り返し体現し続けることでしか、生まれません。
サイモン・シネックが著書『WHYから始めよ!』で示した通り、「なぜ(WHY)」が組織全体に浸透しているとき、社員は指示がなくても自分で考えて動きます。「何をするか(WHAT)」「どうやるか(HOW)」ではなく「なぜそれをするのか(WHY)」——この問いへの答えが腹落ちしている社員は、仕事に意味を感じ続けます。
アウトドアブランドのパタゴニアは、「地球を救うためにビジネスをする」というミッションが、全社員の腹に落ちている組織として世界的に知られています。このミッションが採用・評価・製品開発・顧客対応のあらゆる場面で体現されているため、社員は「自分はただ商品を売っているのではなく、地球環境のために戦っている」という誇りを持っています。この誇りが、離職への誘惑に対する強力な防波堤になっています。同社の離職率が業界平均を大きく下回る水準を維持している背景には、この「意味の空気」の設計があります。
人が辞めない会社の「空気の設計図」第五層:つながりの空気
第五層は「つながりの空気」です。
ギャラップ社の調査によれば、「職場に親友がいる」と答えた従業員は、そうでない従業員と比較して、エンゲージメントが7倍高く、定着率も著しく高いことが示されています。人が職場に根付く最も深い理由は、しばしば「仲間の存在」です。「この仲間と仕事がしたい」「この人たちを離れたくない」という感情が、転職市場の好条件のオファーよりも強い引き留め力を持つことがあります。
つながりの空気とは、互いを「業務上の関係者」としてではなく「人間として関心を持つ」関係性が組織全体に広がっている状態です。名前を覚えている、仕事以外のことを知っている、困ったときに声をかけ合える——これらの日常の小さな関与の積み重ねが、「この職場には自分の居場所がある」という深い帰属感を生み出します。
つながりの空気をつくるために、特別なイベントや制度は必要ありません。廊下で目が合ったときに名前を呼んで声をかける。ランチを一緒に取る機会を意図的につくる。誰かの誕生日や節目を組織全体で祝う——これらの日常の小さな関与が、つながりの空気を育てます。
メルカリは「互いへの感謝と敬意」を組織文化の中核に置いており、日常的に互いの貢献を称え合う文化が根付いています。急成長する組織においても「一人ひとりのつながり」を保ち続けることが、組織の一体感と定着率の維持に直結していることを、同社は体現しています。
「空気の設計図」を実践した組織に起きた変化
五つの層からなる空気の設計図を意識的に実践した組織には、共通した変化が起きています。
まず離職率が下がります。安全・承認・成長・意味・つながりの空気が整った職場は、社員が「ここにいたい」と感じる場所になります。給与や条件だけでは説明できない「この職場への愛着」が生まれ、転職市場の好条件のオファーがあっても「それでもここにいたい」という感覚が生まれます。
次に採用力が高まります。定着率が上がると、「あの会社は長く働けるいい職場だ」という評判が口コミで広がります。現在の社員が友人・知人を紹介してくれるようになります。採用予算を増やさなくても、自然に「この会社で働きたい」という人材が集まってくる好循環が生まれます。
そして業績が伸びます。安全の空気の中では、問題が早期に共有され、早期に解決されます。承認の空気の中では、社員が自発的に一歩踏み込んだ行動を取り、顧客満足が高まります。成長の空気の中では、組織の知恵が蓄積し続け、競合との差が広がります。意味の空気の中では、社員がマニュアルを超えた判断をし、顧客との長期的な関係が深まります。つながりの空気の中では、部署を超えた協力が生まれ、組織の総合力が最大化されます。
サイボウズ株式会社が離職率を28%から約4%へと劇的に改善させた背景には、まさにこの五つの層の空気を意図的に設計し直したプロセスがありました。「100人いれば100通りの働き方」というビジョンのもと、社員が安全に本音を語れる空気、多様な貢献が承認される空気、自律的に成長できる空気、仕事の意味が共有される空気、仲間とのつながりが深まる空気——これらが組み合わさることで、「この会社を離れたくない」という感覚が組織全体に広がっていきました。
「空気の設計図」を今日から描き始める
五つの層の空気の設計図を読んで、「うちの会社には、これらがない」と感じた経営者がいるかもしれません。しかし、すべてを一度に変える必要はありません。
今日からできる最初の一手は「現在地の把握」です。今の職場に、五つの層の空気はどれだけあるか。どの層が最も欠けているか——この問いを自分に投げかけることが、設計図を描き始めるための出発点です。
最も欠けている層の空気を整えることから始める。安全の空気が最も欠けているなら、まず「悪い情報を持ってきた社員に感謝する」ことから。承認の空気が最も欠けているなら、「今日、一人の社員に具体的な感謝を伝える」ことから。成長の空気が最も欠けているなら、「今週の1on1で、その社員の成長を言語化して伝える」ことから。
これらはすべて、今日・明日から始められる行動です。そしてこの積み重ねが、1ヶ月後・3ヶ月後・1年後に、離職率・採用力・業績という数字として現れてきます。
人が辞めない会社は、特別なことをしている会社ではありません。五つの層の空気を、意図的に、日常的に、継続的に設計し続けている会社です。その設計は、今日から始められます。
―勝田耕司