『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】「上機嫌」は戦略である~感情が経営を動かすという、不都合な真実~

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。

透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。

―「社長が不機嫌な日は、会社全体が静まり返る」

あるセミナーで、参加者の一人がぽつりとこう言いました。「うちの社長が朝、険しい顔で出社すると、なぜかその日は会議が全部おとなしくなるんです。誰も余計なことを言わない。終業後もみんな早く帰る。不思議ですよね」不思議ではありません。これは、組織における「感情の伝播」という、非常に普遍的な現象です。経営者は自分が思っている以上に、組織の空気に対して圧倒的な影響力を持っています。社長の表情、声のトーン、歩き方、挨拶の仕方——これらすべてが、毎朝、組織の空気を「設定」しています。意識していようとしていまいと、経営者の感情状態は、組織全体に伝染します。そしてここに、多くの経営者が気づいていない、経営上の重大なリスクが潜んでいます。

―「情動感染」という、目に見えないウイルス

1993年、社会心理学者のエレイン・ハットフィールドらは、「情動感染(Emotional Contagion)」という概念を提唱しました。人間は他者の表情、声、身振りを無意識に模倣することで、その感情を自分の内側でも再現してしまう——という現象です。これは意志の力ではコントロールできません。脳内のミラーニューロンという神経細胞が自動的に作動し、他者の感情状態を「コピー」してしまうのです。組織においてこの現象が特に強く働くのは、「権力や影響力を持つ人物」の感情です。心理学者のシグナル・バーサドとドナルド・ギブソンがおこなった研究では、リーダーの感情状態は、チームメンバーの感情・行動・パフォーマンスに最も強く影響する変数であることが示されています。つまり、社長が不機嫌であることは、単に「今日の社長の機嫌が悪い」という個人の問題ではありません。それは組織全体に「不機嫌」を感染させる、経営リスクなのです。逆に言えば、社長が意図的に「上機嫌」でいることは、組織全体に「上機嫌」を伝播させる、最も費用対効果の高い経営施策のひとつです。

―感情は「管理」できないが、「設計」できる

ここで経営者から必ずこんな反論が来ます。「そんなことを言っても、嫌なことがあれば不機嫌になるのは当たり前じゃないですか。感情は抑えられるものではない」おっしゃる通りです。感情を「ないもの」にすることはできません。しかし、感情は「管理」できなくても、「設計」することはできます。心理学者のソニア・リュボミアスキーは、著書『幸福の神話』の中で、人間の幸福感は「意図的な行動」によって約40%変えられることを示しました。生まれつきの気質や外部環境よりも、自分が意識的に何をするか、何に注目するか、どう解釈するかが、感情状態を大きく左右するというのです。つまり、上機嫌は才能ではなく、習慣と設計の問題です。

―「機嫌の良い職場」は、業績が良い

これは感覚論ではありません。データとして裏付けられています。ギャラップ社が世界142カ国、180万人以上の従業員を対象に行った調査では、「感情的にエンゲージされている」(仕事に前向きな感情を持っている)従業員の割合が高い企業ほど、生産性・収益性・顧客満足度・離職率のすべてにおいて優れた結果を出していることが明らかになっています。特に注目すべきは、エンゲージメントの高い職場は低い職場と比較して、生産性が21%高く、収益性が22%高かったというデータです。また、ハーバード・ビジネス・スクールのテレサ・アマビールとスティーブン・クレイマーは、238名のプロフェッショナルを対象に約12,000日分の日記を分析した大規模研究(著書『マネジャーの最も大切な仕事』)の中で、創造性や生産性を最も高めた要因として「ポジティブな感情状態」を挙げています。人は機嫌が良いとき、より創造的に考え、より積極的に行動し、より丁寧に仕事をする。機嫌の良い職場は、単に「居心地がいい」だけではありません。それは業績を直接押し上げる、れっきとした経営資源なのです。

―「上機嫌な空気」は、お客様にも伝わる

ここまでは社内の話をしてきましたが、感情の伝播は社外にも及びます。一般財団法人日本ホスピタリティ推進協会の研究によれば、顧客がある店舗やサービスに「また来たい」と感じる理由の第一位は「スタッフの雰囲気・接し方」であり、価格や立地よりも上位に来ることが繰り返し示されています。お客様は、サービスの内容だけでなく、その場に漂う「空気」を敏感に感じ取っています。接客業の世界でこれを体現しているのが、ザ・リッツ・カールトンです。同ホテルが徹底しているのは、単なる接客マニュアルではなく、スタッフ自身が「上機嫌でいること」の習慣化です。毎日行われる「ラインナップ」と呼ばれる朝礼では、クレドの読み合わせと並んで、「誰かがお客様に喜んでもらえた話(ワオ・ストーリー)」が共有されます。これは情報共有の場であると同時に、スタッフの感情状態を「上機嫌」にセットする、意図的な空気の設計です。リッツ・カールトンがどの国に行っても一定水準以上のホスピタリティを提供できるのは、個々のスタッフの気質に依存しているからではありません。「上機嫌な空気」を毎朝意図的につくる仕組みが機能しているからです。

―経営者の「上機嫌」は、最強のリーダーシップである

ここで、多くの経営者が陥る誤解に触れておきたいと思います。「上機嫌でいること」は、「ニコニコしていること」でも「厳しさを失うこと」でもありません。厳しいフィードバックも、高い目標設定も、上機嫌な空気の中で行うことができます。むしろ、上機嫌な空気の中でこそ、厳しい言葉は素直に届き、高い目標は挑戦として受け止められます。ダニエル・ゴールマンは、著書『EQリーダーシップ』の中で、最も優れたリーダーに共通する特徴として「感情的知性(EQ)」を挙げ、その中でも「自己の感情状態を適切に管理する能力」が最も重要だと述べています。リーダーの感情管理能力は、チームの士気・創造性・生産性すべてに直接影響する、リーダーシップの根幹だというのです。上機嫌でいることは、経営者としての「優しさ」ではありません。それは組織の空気を意図的に設計するという、きわめて戦略的な行為です。

―あなたの会社の空気は、今日、誰がつくっていますか

経営者の皆さんに問いかけたいことがあります。あなたは今朝、どんな顔で出社しましたか? 部下と目が合ったとき、どんな表情をしていましたか? 会議が始まる前、どんな言葉を最初に発しましたか?これらはすべて、意識するかしないかにかかわらず、今日一日の組織の空気を決定づける「設定」です。経営者が「上機嫌である」ことを、偶然や気分に任せている限り、組織の空気は安定しません。良い日もあれば悪い日もある、気まぐれな空気の中で、社員は常に「今日の社長の機嫌」を読みながら動くことになります。それは莫大なエネルギーの浪費であり、自発的な行動を阻む最大の要因のひとつです。上機嫌を「意図的に設計する」ということは、毎朝の習慣を変えることかもしれません。出社前に自分の感情状態を確認し、意識的に前向きなモードへと切り替える時間を持つことかもしれません。あるいは、朝礼で最初にポジティブな話題を共有するという、たったそれだけのことかもしれません。重要なのは、「偶然任せ」から「意図的設計」へと移行することです。

空気は、経営者が思っている以上に、組織の隅々まで影響を与えています。そしてその空気の最大の発生源は、常に経営者自身です。あなたの上機嫌が、今日の会議を変え、今月の売上を変え、この会社の未来を変える。それは大げさな話ではなく、感情の伝播というメカニズムが証明する、経営の現実です。

―勝田耕司