『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】なぜ、人を増やしても仕事は片づかないのか――「みんなの仕事」という落とし穴

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。

―人を足したのに、なぜか進まない

ある仕事が滞っているとき、経営者はよく、こう考えます。「手が足りないのだろう。人を増やそう」。担当を一人足し、二人足し、あるいは「全社で取り組もう」とプロジェクトチームを組む。ところが、不思議なことが起きます。人数を倍にしても、成果は倍にならない。それどころか、かえって動きが鈍り、熱が冷め、「みんなでやろう」と言い合っているうちに、いつの間にか、それが誰の仕事でもなくなってしまう——。

心当たりは、ありませんか。手を増やせば増えるはずの仕事が、増やしたぶんだけ、なぜか片づかない。この、人数と成果のあいだにひそむ「見えない漏れ」の正体を、今日は暴いていきます。これは、あなたの会社で今まさに進行しているかもしれない、静かな消耗の話です。

―綱を引く人が増えるほど、一人の力は抜けていく

今から百年以上も前、フランスの農学者マクシミリアン・リンゲルマンが、素朴な実験を行いました。人々に綱を引かせ、その力を測ったのです。一人で引くとき、二人で引くとき、三人、八人……。

常識で考えれば、二人なら一人の二倍、八人なら八倍の力が出るはずです。ところが、結果はまるで違いました。人数が増えるほど、一人あたりが出す力は、どんどん落ちていったのです。全体の力は、決して個々の力の合計にはならなかった。綱という「みんなで引くもの」の中で、一人ひとりが、無意識に、少しずつ力を抜いていたのです。

これは偶然ではありませんでした。のちに心理学者のビブ・ラタネらが、人々に「できるかぎり大きな声で叫び、大きく手を叩いてください」と頼む実験を行っています。一人のときと、集団のとき。すると、集団になると、一人あたりが出す音は、明らかに小さくなった。しかもそれは、息が合わないからではなく、純粋に「手を抜いていた」からでした。ラタネは、これを「社会的手抜き(ソーシャル・ローフィング)」と名づけました。

―「みんなの仕事」は、なぜ手を抜かれるのか

なぜ、こんなことが起きるのか。誤解しないでいただきたいのですが、社員が怠け者だから、ではありません。原因は、集団の中では「一人ひとりの貢献が、見えなくなる」ことにあります。

誰がどれだけ頑張り、誰がどれだけ手を抜いたのか。それが分からなくなった瞬間、責任は空気に溶けて、「まあ、誰かがやるだろう」に変わります。しかも、もっと厄介なことが起きる。まじめな人ほど、周りが手を抜いているのを敏感に察知し、こう思うのです。「自分だけが損をするのは、ごめんだ」。そして、その人までも力を抜き始める。研究者はこれを「サッカー効果(お人好しが損をするのを避ける心理)」と呼びます。こうして、「みんなの仕事」は、坂道を転がるように、静かに「誰の仕事でもない」へと変わっていくのです。

これは、目に見えない透明負債です。組織図には決して表れません。あなたは三人足して「プラス3」の成果を見込む。ところが手にするのは「プラス1」。なぜなら、足した三人は、同時に全員に「少し力を抜いていい」という許可を配ってしまったからです。チームが大きくなればなるほど、責任は薄まっていく。これは、人数とともに膨らむ、見えない税金なのです。

―「ピザ2枚で足りる人数」に、こだわった会社

この落とし穴を熟知し、正面から手を打ったのが、アマゾンです。創業者ジェフ・ベゾスには、有名な原則があります。「ピザ2枚で腹を満たせないチームは、大きすぎる」。おおむね五人から八人。それより大きなチームは作らない、という掟です。

これは、ケチって人数を絞る話ではありません。狙いは、たった一つ——「一人ひとりの貢献を、見えるようにする」ことです。六人のチームなら、誰が何をしたか、全員に丸見えです。手を抜けば、すぐにばれる。隠れる群衆が、そこには存在しない。だから、当事者であることから、誰も逃げられないのです。そして、もっとも重要なのはここです。アマゾンは、チームが大きくなりすぎると、人を足すのではなく、チームを「分裂」させます。あくまで小さく保ち、責任の輪郭をくっきりさせたまま増殖させていく。この小さな当事者集団の積み重ねから、AWSも、プライムも、キンドルも生まれました。社会的手抜きの特効薬は、発破をかける演説ではありません。一人ひとりの貢献を「見える」ようにし、当事者であることから「逃げられない」ようにすること。ただ、それだけなのです。

―あなたの「全員でやろう」は、誰の仕事ですか

さあ、あなたの会社を見てみましょう。「全社を挙げて取り組む」あの案件。あなたは、誰が何に責任を持っているのか、名前を挙げて言えるでしょうか。それとも、なんとなく温かい「みんなで頑張ろう」のまま進んでいて、いざ遅れが出ても、はっきりとは誰も責められない状態になっていないでしょうか。「もっと意見を集めよう」と人数を増やしたあの会議は、鋭くなりましたか。それとも、遅く、曖昧になっただけでしたか。

あなたが何かを「全員の責任」にするたび、それを静かに「誰の責任でもない」ものに変えているのかもしれません。そして、あなたが最も頼りにしているまじめな社員こそ、真っ先に、手を抜く同僚に気づきます。そして、疲れた表情で、お人好しであることをやめていく。あなたの優秀な人材が力を抜くのは、彼らが弱いからではありません。あなたが、彼らの姿が消えてしまう「群衆」を、用意してしまったからです。

だから、やることは、解雇でも、演説でもありません。「努力を見えるようにし、当事者を一人に絞る」こと。大切な仕事にはすべて、「チーム」ではなく「一人」の責任者を、名前で決めてください。その人が助けを募ってもいい。けれど、最後の責任は、その一人が背負う。そして、働くチームは小さく保ち、膨らんだら、分ける。誰が何をしたかを、言葉にして、名前とともに、みんなの前で認める。想像してみてください。数週間後、あの茫漠とした「みんなの仕事」が、くっきりと名前のついた約束の束に生まれ変わり、「自分の頑張りは、ちゃんと見られている」と知る人々の、静かな熱が戻ってくる様子を。

「多くの手が、仕事を軽くする」——これは心温まることわざであると同時に、危険なことわざです。なぜなら、群衆の中では、多くの手が「力」までも軽くしてしまうからです。あなたに問われているのは、人手が足りているかどうかではありません。あなたの最も大切な仕事に、指させる「一人の名前」があるか。それとも、温かくて、誰も責められない「みんな」しか、いないのか。「みんなの仕事」——それは、あなたの会社でいちばん高くつく言葉です。なぜならそれは、静かに「誰の仕事でもない」を意味しているのですから。

―勝田耕司