こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
―「言われたことしかやらない」という嘆き
経営者からよく聞く、あの嘆きがあります。「うちの社員は、指示待ちで困る」「自分から動かない」「言われたことしかやらない」「主体性がない」——。あなたも、心当たりがあるかもしれません。
けれど、少しだけ、いつもとは違う角度から考えてみてください。もし、その社員たちは、生まれつき受け身だったのではないとしたら。もし、彼らは「受け身であること」を、どこかで学習したのだとしたら。しかも、その学びの場が——ほかならぬ、あなたの会社だったのだとしたら。今日は、少し痛いところを突く話になるかもしれません。読み終えるころには、誰か一人の顔が、浮かんでいるかもしれません。
―「何をしても無駄だ」を学んだ犬
1967年、心理学者のマーティン・セリグマンとスティーヴ・マイヤーが、有名な実験を行いました。犬を三つのグループに分け、こうしたのです。
第一のグループは、軽い電気ショックを受けますが、パネルを鼻で押せば、それを止めることができました。自分の行動が、結果を変えられる。第二のグループは、まったく同じショックを受けますが、何をしても止められません。何をしても、無駄。第三のグループは、ショックなし。翌日、三つのグループすべてを、低い仕切りをひと跳びすれば逃げられる箱に入れました。すると、第一と第三のグループの犬は、数秒で仕切りを飛び越え、逃げ出しました。ところが、第二のグループの犬は——飛び越えなかったのです。目の前に逃げ道があるのに、ただ伏せて、ショックに耐え続けた。「何をしても無駄だ」という学びが体に染みつき、逃げられる場面にまで、そのまま持ち越されてしまったのです。セリグマンは、これを「学習性無力感」と名づけました。
―あなたの「指示待ち社員」も、同じ犬かもしれない
ここで、あなたの会社を思い浮かべてください。あなたが嘆く「指示待ち社員」は、多くの場合、この第二のグループの犬なのです。彼らはどこかの時点で、あなたの会社の中で、繰り返し学んでしまった。「ここでは、何をしても変わらない」と。
提案をしたら、頭ごなしに否定された。あるいは、静かに黙殺された。良かれと思って自分で動いたら、「勝手なことをするな」と叱られた。あるいは、結局、上司が自分のやり方に戻してしまった。問題点を指摘したのに、何も変わらなかった。——これを何度も繰り返せば、人は動くのをやめます。怠けているからでも、生まれつき受け身だからでもありません。「この会社で努力しても、結果は変わらない」と、経験から、きわめて合理的に学習したからです。あなたが嘆く「受け身」を、あなた自身が、教え込んだのかもしれないのです。
そして、これがおそろしいのは、無力感が「伝染」ではなく「一般化」することです。「自分の意見は通らない」と一度学んだ人は、あらゆる場面で、意見を出すのをやめます。だから、あるとき経営者が突然「もっと主体的になれ!」と号令をかけても、犬は飛び越えません。彼らは、この箱の中では跳んでも無駄だと、すでに学んでいるからです。無力感は、目に見えない空気として、組織の底に沈殿していきます。
―「自分の一手が効く」会社は、無力を溶かす
けれど、セリグマンの実験には、希望も隠されていました。彼は、こんなことも発見したのです。あらかじめ「自分の行動でショックを止められる」と学んだ犬は、その後どんなに逃げられないショックを受けても、無力感に陥らなかった。いわば「免疫」ができていたのです。無力感を溶かす特効薬は、たった一つ。「自分のやったことが、ちゃんと結果を変える」という経験を、繰り返し味わわせることです。
これを、組織まるごとで実践して成功したのが、ブラジルのセムコという会社です。経営者リカルド・セムラーが父から引き継いだ当時、そこは12もの階層を持ち、社員は出社時に持ち物検査を受け、「恐怖が支配する」職場でした。まさに、無力感を製造する工場です。セムラーは、これをひっくり返しました。社員が自分で勤務時間を決め、やがて自分の給料まで決め、上司を自分たちで選んで評価し、会社の帳簿を全員が見られるようにした。つまり、あらゆる場面で「自分の判断や声が、現実を動かす」環境を、意図的につくったのです。結果は、混乱ではありませんでした。セムコは、ブラジルが幾度もの深刻な不況にあえぐなか、売上を数百万ドルから2億ドル超へと爆発的に伸ばし、離職率は低く、社員の忠誠心は高かった。効果が「効く」と分かった瞬間、受け身だった人々は、当事者へと変わったのです。
―社員が最後に「動いた」とき、何が起きたか
さあ、あなたの会社に戻りましょう。次に「うちの社員は主体性がない」と嘆きたくなったら、その前に、思い出してください。社員が最近、何かを「やってみよう」としたときのことを。
新しいことを提案してきた若手に、あなたは「いいね、やってみよう」と言いましたか。それとも、それがうまくいかない理由を、丁寧に並べて聞かせましたか。自分から動いた社員に、あなたは礼を言いましたか。それとも「そのほうが速いから」と、仕事を取り上げ、自分のやり方に戻しましたか。問題を報告してきた社員に対して、何か一つでも、目に見える形で変わりましたか。それとも、その声は、静かにどこかへ消えていきましたか。——その一つひとつが、ハーネスの中の、逃げられないショックだったのです。そして社員たちは、ずっと数えています。「今回も、何も変わらなかった」と。それは彼らにとって、「もう、やめておけ」という学習にほかなりません。あなたは知らぬ間に、毎日、小さな「無力感の実験」を続け、その実験が保証するとおりの、受け身な結果を手にしているのかもしれないのです。
だから、変えるべきは、社員ではありません。「社員が動いたとき、この会社で何が起きるか」です。「もっと主体的に」という言葉では、無力感は決して溶けません。言葉ではなく、経験でしか、上書きできないからです。だから、小さくていい。誰かの提案を、今週、一つ、目に見える形で、名前を出して採用してください。誰かに、一つの決定を丸ごと任せ、あなたの意見と違っても、その判断を支えてください。問題の報告には、その人が見える形で、何かを変えて応えてください。それを積み重ねたとき、あなたは社員に「免疫」を与えることになる。ここでは、努力が効くのだ、と。想像してみてください。数か月後、あの「受け身」だった社員が、もう一度、目を輝かせて、アイデアを持ってあなたの席へやってくる——今度こそ、それを言う価値があると、経験から確信して。
経営者が口にする最も高くつく言葉は、「なぜうちの社員は自分から動かないのか」です。その答えは、たいてい、自分自身の過去の反応の中に、隠れています。あなたの社員は、仕切りを飛び越えられないのではありません。ただ、この箱の中では飛んでも無駄だと、学んでしまっただけなのです。問うべきは、どう発破をかけるかではない。彼らに「あきらめ」を教え込んだ、たった一つのこと——この会社で、誰かが動いたときに何が起きるか——を、あなたが変える勇気を持てるかどうか、なのです。
―勝田耕司