こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。
―「目標を立てたら、かえっておかしくなった」
ある経営者の方が、こんな相談を持ちかけてきました。
「営業の数字を上げたくて、一人ひとりに明確なノルマを設定して、達成したら報奨金を出すようにしたんです。最初は数字が伸びました。ところが半年も経つと、おかしくなってきた。お客様からのクレームが増え、社員同士が顧客を奪い合うようになり、職場の空気がすっかりギスギスして……。数字を追わせたはずなのに、気づけば、その数字を生み出していたものが、壊れていたんです」
これは、まじめな経営者ほど陥りやすい罠です。「測れるものを管理すれば、業績は上がる」——一見、当たり前に思えるこの発想が、実は組織の最も大切な資産を静かに破壊してしまう。今回は、その仕組みを解き明かします。
―「測定が目標になると、よい測定でなくなる」
経済学者のチャールズ・グッドハートが示した有名な法則があります。後に「ある指標が目標になった瞬間、それはよい指標ではなくなる」と要約された、いわゆる「グッドハートの法則」です。
意味するところは、こうです。本来、数字は「組織がうまくいっているか」を映す体温計のようなものでした。ところが、その数字そのものを達成目標にして報酬と結びつけた途端、人は「目標の背後にある本当の目的」ではなく、「数字を上げること」だけを追い始めます。お客様に喜ばれた結果としての売上ではなく、売上という数字を上げるための行動に走る。体温計の数字を上げたいあまり、体温計をお湯につけてしまうようなものです。数字は確かに上がる。しかし、健康そのものは失われていきます。
―「数字」を追って、信頼を失った銀行
この罠が、企業を破滅寸前まで追い込んだ実例があります。米国の大手銀行、ウェルズ・ファーゴの不正口座問題です。
同行は、一人の顧客にできるだけ多くの商品を売る「クロスセル」を成長戦略の柱に据え、各支店・各行員に厳しい販売ノルマを課しました。達成度は報酬や評価、そして雇用の安定に直結し、現場は連日、数字を厳しく追及されました。その結果、何が起きたか。追い詰められた行員たちは、顧客に無断で口座やカードを開設し始めたのです。顧客の暗証番号を勝手に設定する、必要のない商品を抱き合わせる——。最終的に、本人の同意なく開設された口座は、約350万件にのぼると報告されました。
2016年、この問題が表面化すると、同行は当局に対し合計1億8500万ドルの制裁金を支払うことになりました。約5,300人の従業員が解雇され、CEOは辞任に追い込まれ、長年かけて築いた「信頼できる銀行」というブランドは地に落ちました。注目すべきは、ノルマが厳しすぎるという現場の声は上層部に届いていたのに、目標は変えられなかった、という点です。数字という「測れるもの」への執着が、顧客の信頼という「測れないもの」を、根こそぎ破壊したのです。
―なぜ、経営者は「数字」に吸い寄せられるのか
なぜ、これほどの罠に、多くの組織がはまるのでしょうか。理由は単純です。数字は「見える」からです。
売上、件数、達成率——これらは一覧表にでき、比較でき、管理できます。一方、職場の信頼、お客様との絆、社員の誠実さ、前向きな空気といったものは、目に見えず、数字にもなりません。人は、見えるものを管理し、見えないものを軽視します。その結果、見えない資産が、見える数字のために、平然と差し出されてしまうのです。
しかしここに、透明資産経営の核心があります。良い数字とは、健全な空気が生み出した「果実」です。果実が欲しいからといって、木の根である空気を顧みず、果実だけをもぎ取ろうとすれば、木そのものが枯れていく。ウェルズ・ファーゴが失ったのは、まさにその根でした。
―「ノルマなし」で、何十年も黒字の会社
逆の賭けに出て、見事に成功している日本企業があります。岐阜県の電設資材メーカー、未来工業です。
創業者の山田昭男氏は、常識とは正反対の経営を貫きました。営業ノルマなし、売上目標なし、事業計画なし。タイムカードもなく、「ホウレンソウ禁止」「指示命令禁止」を掲げ、社員を細かく評価することもしない。年間休暇は140日、年末年始は19連休、1日の労働時間は7時間15分、残業はゼロ。それでいて給与は地域でトップ水準です。
そんな「ゆるい」会社が立ち行くはずがない——多くの人はそう思うでしょう。ところが未来工業は、創業以来一度も赤字を出さず、経常利益率は平均で13%、最高で22%という、業界トップクラスの収益を上げ続けてきました。
山田氏の信念は明快でした。中小企業に人・物・カネはない、あるのは社員のやる気だけだ、と。だから社員を数字で縛るのではなく、徹底的に信頼し、考える自由を与える。「常に考える」という社是のもと、社員が自発的に工夫を凝らした結果として、独自の製品力と高い収益が生まれていったのです。数字を追わせなかったからこそ、数字がついてきた——。ウェルズ・ファーゴとは、まさに正反対の物語です。
―数字を捨てるのではなく、数字に支配されない
誤解のないように申し添えます。数字を見るな、と言っているのではありません。経営に数字は不可欠です。問題は、数字が「唯一の物差し」になり、その背後にある空気を見えなくしてしまうことにあります。
経営者に必要なのは、数字を見たときに、もう一段深く問う習慣です。「この数字は、どうやって生まれたのか」「お客様や社員に、無理を強いていないか」「この数字を追うことで、何か大切なものを犠牲にしていないか」。良い数字の裏で空気が痩せ細っていないか、悪い数字の裏に健全な努力が育っていないか。数字と空気を、両方の目で見る。それが、数字に支配されない経営者の条件です。
測れるものは、測れないものの上に乗っています。土台である空気を守りながら、その果実として数字を受け取る。順番を取り違えなければ、数字はあなたを裏切りません。あなたの会社の数字は今、健全な空気から実った果実でしょうか。それとも、空気を削って絞り出した、つかの間の数字でしょうか。
―勝田耕司