『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】職場から「雑談」が消えると何が失われるのか?

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。

―「最近、オフィスが静かになったんですよ」

ある中堅企業の管理職の方が、ふとこぼした言葉が忘れられません。

「業務はむしろ効率化されました。チャットで用件は一瞬で済むし、無駄な立ち話もなくなった。会議も短くなった。でも……なんというか、静かなんです。シーンとしている。みんな黙ってモニターを見ている。前はもっと、ガヤガヤしていたんですけどね」

そう語る彼の表情には、効率化を達成した満足ではなく、言葉にしづらい喪失感がありました。

「雑談」が消えた職場。一見、それは「無駄がなくなった健全な職場」に見えます。私語が減り、誰もが自分の仕事に集中している。しかし経営者として、この「静けさ」を手放しで歓迎してよいのでしょうか。今回は、無駄の代名詞のように扱われてきた「雑談」が、実は業績を静かに支えていたという話をします。

―「雑談」は、チームの成果を予測する最強の指標だった

これは私の感覚論ではありません。世界最高峰の研究機関が、データで証明しています。

MITメディアラボのアレックス・ペントランド教授は、社員に「ソシオメトリック・バッジ」と呼ばれるセンサー付き名札を装着してもらい、誰が・いつ・どれだけ・どんな調子で会話したかを徹底的に計測する研究を行いました。米国の大手銀行バンク・オブ・アメリカのコールセンターで実施されたこの調査で、驚くべき事実が判明します。

チームの成果を最も強く予測していたのは、個人の知能でも、スキルでも、会話の中身でもありませんでした。「コミュニケーションのパターン」——つまり、メンバー同士がどれだけ顔を合わせて話しているか、だったのです。しかもそれは、知能・性格・スキル・議論の中身という他の全要素を合わせたのと同じくらい重要だった、とペントランド教授は述べています。

そこで教授は、ある実験を提案します。それまでバラバラだった社員の休憩時間を、「同じチームのメンバーが同時に休めるように」変更したのです。一見、効率に逆行する施策です。しかし結果は劇的でした。成績の低かったチームの平均処理時間が20%以上短縮し、センター全体でも8%改善した。この施策によって、銀行は年間1500万ドルの生産性向上を見込めると試算しました。

社員が休憩室で交わす、たわいもない雑談。その「無駄」に見える時間こそが、数字を動かしていたのです。

―なぜ「雑談」が、業績を生むのか

理屈はシンプルです。雑談は、二つの見えない資産を組織に蓄積します。

ひとつは「情報の流通」です。公式の会議や報告ラインには乗らない、しかし極めて重要な情報——「あのお客様、最近ちょっと不機嫌だった」「この資料、実は前にAさんが似たものを作っていた」——こうした断片は、雑談という非公式な水路を通ってのみ流れます。雑談が消えた組織は、この水路が干上がった組織です。情報は部署の中に滞留し、組織は「知っているのに活かせない」状態に陥ります。

もうひとつは「信頼の貯金」です。人は、用件だけのやり取りでは相手を信頼しません。天気の話、週末の話、子どもの話——こうした業務に無関係な会話の積み重ねが、「この人は安心できる」という土台をつくります。いざという時に「ちょっと相談していいですか」と声をかけられるかどうかは、それまでに交わした雑談の量で決まります。前回お伝えした心理的安全性も、その多くは日々の雑談の中で育まれているのです。

―「偶然の出会い」を、設計でつくった経営者たち

雑談の価値を熟知し、それを「偶然任せ」にせず、意図的に設計した経営者がいます。

スティーブ・ジョブズは、ピクサーの新社屋を設計する際、建物の中央に巨大なアトリウム(吹き抜け広場)を置きました。そして、メールボックス、カフェ、会議室、さらにはトイレまでもを、すべてその中央に集約したのです。社員は一日に何度も、嫌でもこの広場を通ることになります。狙いは「予期せぬ出会い」でした。ジョブズは「創造性は、自然発生的な出会いや、何気ない議論から生まれる」と語っています。ピクサーのジョン・ラセターは「ジョブズの理論は初日から機能した。何ヶ月も会っていなかった人と、何度も偶然出くわすようになった」と振り返っています。トイレの位置という、一見どうでもいい設計が、組織の創造性を生む装置だったのです。

国内にも見事な例があります。カルビーは、丸の内への本社移転を機に、会長兼CEO(当時)の松本晃氏の主導で大胆なオフィス改革を行いました。役員室も固定席も壁も、ほぼすべて取り払い、フリーアドレスを導入。さらに「ダーツ」と呼ばれる仕組みで、出社時にIDをかざすと座席がランダムに割り当てられるようにしました。毎日、隣に座る人が変わる。だからこそ、いつもは話さない他部署の人と自然に言葉を交わすことになる。松本氏は「個室に閉じこもっていては、良いものは生まれない」という信念のもと、偶然の会話が生まれる空気を、仕組みとして組み込んだのです。

両者に共通するのは、「雑談は放っておけば生まれるもの」という発想を捨て、「雑談が生まれる環境を、経営者が意図的に設計する」という姿勢です。

―「雑談」と「おしゃべり」は、似て非なるもの

ここで誤解を避けておかなければなりません。「では、私語を奨励すればいいのか」と問われれば、答えはノーです。

業績を生む雑談と、ただ時間を浪費するおしゃべりは違います。前者は、立場や部署を越えて人をつなぎ、情報を流し、信頼を育てます。後者は、特定の仲間内で閉じ、しばしば陰口や不満の温床になります。違いを生むのは、土台にある空気です。安心と前向きさのある空気の中での雑談は資産になり、不信と不満の空気の中での雑談は負債になります。

だからこそ、ただ「雑談していいよ」と号令をかけるだけでは不十分です。経営者がまず、自ら雑談の口火を切る人になること。社員の仕事以外の話に関心を持ち、廊下で立ち止まって「最近どう?」と声をかける。その小さな振る舞いが、「ここでは人として関わっていいんだ」という空気をつくります。

―静かすぎる職場を、疑ってみる

効率化の名のもとに、私たちは多くの「無駄」を排除してきました。立ち話、喫煙所での会話、飲み会、雑談——。たしかに、その一部は本当に無駄だったかもしれません。しかし、その中に、組織の血流とも言うべき「見えない情報網」と「信頼の貯金」が含まれていたとしたら、私たちは大切なものまで一緒に捨ててしまったのかもしれません。

経営者の皆さんに、最後の問いを投げかけます。

あなたの会社のオフィスは、今、どんな音がしていますか。活気あるざわめきが聞こえますか。それとも、キーボードの音だけが響く、静けさに支配されていますか。

その「静けさ」は、集中の証かもしれません。しかし同時に、組織の血流が止まりかけているサインかもしれない。雑談という無駄に見える会話は、業績を支える、目に見えないインフラです。そしてそのインフラは、今日から、意図的につくり直すことができます。

―勝田耕司