『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】「数字が語らない経営」の時代へ~空気を経営の羅針盤にするということ~

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。 透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。

―「数字は正しいのに、なぜか判断を間違える」

経営者が抱える悩みの中に、こんなものがあります。「データを集めて、数字を分析して、論理的に判断したはずなのに、後から振り返ると間違っていた。一方で、なんとなくの直感で動いたときの方が、うまくいったことがある。いったい経営判断とは何なのか」

この悩みは、経営における「数字の限界」を正直に語っています。現代の経営において、数字は不可欠です。売上、利益、コスト、生産性——これらを把握せずに経営はできません。しかし、数字だけで経営のすべてを語れるかといえば、そうではない。それは多くの経営者が、体験として知っていることです。

では、数字が語れないものを、経営者はどこで感じ取り、どう判断の中に組み込んでいくのか。その答えのひとつが、「空気を経営の羅針盤にする」という考え方です。

―経営における「見えるもの」と「見えないもの」

経営には、見えるものと見えないものがあります。見えるもの——財務諸表、KPI、顧客数、離職率、市場シェア——これらはすべて、すでに起きたことの記録です。数字は「過去」を語ります。見えないもの——組織の空気感、社員の感情状態、顧客との信頼関係の質、チームの創造的エネルギー——これらは数字になりませんが、「未来」を先行して示しています。

マネジメントの父と呼ばれるピーター・ドラッカーは、著書『マネジメント』の中でこう述べています。「測定できないものは管理できない、とよく言われる。しかし測定できないからといって、重要でないわけではない。むしろ、最も重要なものの多くは、測定できない」と。

ドラッカーがこの言葉を書いたのは数十年前ですが、この洞察は今日の経営においてさらに重要性を増しています。情報が溢れ、データ分析が高度化するほど、「数字に出ないもの」への感受性を持つ経営者と持たない経営者の差は、逆に広がっていくからです。

―「非財務情報」が経営の主役になる時代

近年、経営の世界で「非財務情報」への関心が急速に高まっています。ESG投資(環境・社会・ガバナンスへの配慮を重視した投資)の拡大、統合報告書の普及、人的資本経営への注目——これらはすべて、「財務数字だけでは企業の本当の価値を測れない」という認識が、投資家・社会・経営者の間で広がっていることの表れです。

2023年に日本でも義務化が進んだ「人的資本開示」では、従業員エンゲージメント・多様性・育成投資・離職率などの指標を開示することが求められています。これらはすべて、組織の「空気感」に深く関わる情報です。

ハーバード・ビジネス・スクールのロバート・カプランとデビッド・ノートンが開発した「バランスト・スコアカード(BSC)」は、財務の視点だけでなく、顧客の視点・内部プロセスの視点・学習と成長の視点という四つの視点から組織を評価するフレームワークです。

このフレームワークが世界中の企業に採用されてきた背景には、「財務数字だけでは、組織の健全性と将来性を正しく把握できない」という経営上の限界への認識があります。「見えないものを経営の対象にする」という考え方は、もはや一部の先進的な経営者だけのものではなく、経営の主流へと移行しつつあります。

―「空気を読む」から「空気を設計する」へ

日本語には「空気を読む」という表現があります。場の雰囲気を察知し、それに合わせた行動を取るという意味で使われます。しかし経営においては、「空気を読む(感知する)」だけでは不十分です。必要なのは「空気を設計する(意図的につくる)」という能力です。

山本七平氏は著書『「空気」の研究』の中で、日本社会において「空気」が論理や証拠を超えた拘束力を持つことを鋭く指摘しました。「空気」に支配される組織は、正しい判断よりも「その場の空気に合った判断」を優先し、やがて誤った方向に流されていく——。

しかし山本氏の指摘は、「空気は危険だ」ということではありません。「空気の力を正しく理解せよ」ということです。空気は、放置すれば組織を誤った方向に引っ張る力を持ちます。しかし意図的に設計すれば、組織を正しい方向に動かす最も強力なエンジンになります。

「空気を設計する」経営者は、会議の場をどう設定するか、どんな言葉を選ぶか、何を最初に話題にするか、誰の発言をどう受け取るか——これらすべてを、「どんな空気をつくりたいか」という視点から意図的に選択します。これが、空気を経営の羅針盤にするということの具体的な姿です。

―「センシング」という経営能力

MITの組織学習研究者オットー・シャーマーは、著書『U理論』の中で、変化の時代に求められるリーダーシップの核心として「センシング(深い感知)」という能力を挙げています。センシングとは、表面に現れている数字や言葉だけでなく、その奥にある「本質的な動き」「まだ言語化されていない変化の予兆」「人々の感情の底流」を感じ取る能力です。

シャーマーは「プレゼンシング(presencing)」という概念も提唱しています。これは「現在(present)」と「感知(sensing)」を組み合わせた造語で、「今、ここで起きていることの本質を、全身全霊で感じ取ること」を意味します。この能力を持つリーダーは、データが示す前に変化を察知し、組織が言語化する前に問題を感じ取り、機会が数字になる前に動き始めることができます。

これは特別な才能ではありません。「組織の空気に意識を向ける習慣」を持つことで、誰もが磨いていける能力です。毎日、社員の表情を見る。会議室の空気を感じる。顧客との対話の質を感じ取る。これらを「データの収集」として意識的に行うことが、センシング能力の出発点です。

―楽天・三木谷浩史氏の「現場感覚」という羅針盤

楽天グループの創業者・三木谷浩史氏は、データドリブン経営の先駆者として知られています。膨大なデータを分析し、数字に基づいて意思決定することを経営の原則としてきました。しかし三木谷氏が同時に大切にしてきたのが、「現場の空気を直接感じること」です。定期的に現場に足を運び、社員と直接対話し、顧客の声を自ら聞く——これは、データでは捉えきれない「空気の情報」を経営判断に組み込むための、意図的な行動です。

三木谷氏は著書『成功のコンセプト』の中で、「スピードは競争力の源泉だ」と述べています。このスピードを可能にするのは、データの分析だけでなく、「現場の空気から直接感知した判断」が加わることで、意思決定の質とスピードが同時に高まるからです。データと空気感。この二つを統合して判断できる経営者が、不確実な時代において最も鋭い意思決定をできる、と私は考えています。

―空気を「先行指標」として読む

空気を経営の羅針盤にするということは、具体的にどういうことでしょうか。私が経営者の方々にお伝えしているのは、「空気を先行指標として読む習慣を持つこと」です。財務指標は「遅行指標」です。売上や利益の変化は、すでに起きたことの結果として後から数字に現れます。一方、組織の空気感は「先行指標」です。空気が変化してから、3ヶ月後、半年後、一年後に、業績として現れてくる。

会議での発言量が減ってきた——これは3ヶ月後の離職率上昇のサインかもしれません。お客様との会話が短くなってきた——これは半年後の顧客離れの予兆かもしれません。社員の朝の挨拶が元気を失ってきた——これは一年後のチームパフォーマンス低下の前触れかもしれません。これらの「空気のシグナル」を早期に感知し、手を打つことができる経営者は、問題が数字に現れてから慌てて対処する経営者とは、まったく異なる時間軸で経営を動かすことができます。

ソニーグループの元会長・出井伸之氏は、「経営者の最も重要な仕事のひとつは、数字になる前の変化を感じ取ることだ」と語っていました。この「数字になる前の変化」とは、まさに空気の変化です。

―「空気を経営の羅針盤にする」経営者の日常

では、空気を経営の羅針盤にするために、経営者は日常的に何をすればよいのでしょうか。特別な道具も、高額なシステムも必要ありません。必要なのは、「意識を向ける習慣」です。

毎朝出社したとき、社員の表情と挨拶のトーンを意識的に観察する。週に一度、現場をゆっくり歩き、作業している社員の様子を「空気」として感じ取る。月に一度、全体会議の後に「今日の場の空気はどうだったか」を自問する。顧客との打ち合わせの後に「今日の空気は何を語っていたか」を振り返る——。

これらは、ほんの少しの時間と、意識を向けることへの意図的なコミットメントがあれば、今日から始められます。そしてこの習慣を積み重ねることで、経営者の「空気のセンサー」は着実に磨かれていきます。数字だけを見ていた経営から、数字と空気を統合して見る経営へ——この転換が、不確実な時代を生き抜く経営者の、最も重要な進化のひとつだと私は考えています。

―数字と空気、両方を持つ経営者が最強である

経営者の皆さん、今月の数字は把握していますか? おそらく、即座に答えられるでしょう。では、今月の組織の空気は、どう変化しましたか? 先月と比べて、何が良くなり、何が気になりますか?この問いに、数字と同じ確度で答えられる経営者は、どれだけいるでしょうか。

数字を持つ経営者は多い。しかし、数字と空気の両方を持つ経営者は、まだ少ない。だからこそ、空気を経営の羅針盤に加えることが、大きな競争優位になります。見えるものだけを見ている経営は、後追いの経営です。見えないものまで見る経営が、先手の経営です。

空気は見えません。しかし感じ取れます。そして設計できます。その空気を羅針盤にした経営が、数字を超えた本当の強さを生み出します。

―勝田耕司