『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】「変化に強い組織」はどこが違うのか~不確実な時代に、空気が会社を守る~

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。

透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。

―「こんな変化、想定していなかった」

2020年春、新型コロナウイルスの感染拡大が日本経済を直撃したとき、経営者たちは一夜にして「想定外」の現実に直面しました。飲食店は客足が途絶え、観光業は壊滅的な打撃を受け、製造業はサプライチェーンの断絶に苦しみました。しかしその混乱の中で、きわめて対照的な現象が起きていました。同じ業種・同じ規模・同じ地域でありながら、その危機を乗り越え、むしろ新しい可能性を切り開いた会社と、なすすべなく追い詰められた会社が、並存していたのです。この差は、資金力でも、技術力でも、経営者の頭の良さでもありませんでした。私が現場で見てきた限り、最も明確な差のひとつは「組織の空気」でした。変化に強い組織には、変化を乗り越えられる空気が、危機の前からすでに醸成されていました。

―「変化への抵抗」は、人間の本能である

まず、なぜ組織は変化に弱いのかを理解する必要があります。変化への抵抗は、意志の弱さや保守性の問題ではありません。人間の脳に組み込まれた、きわめて根本的なメカニズムです。脳科学の観点から見ると、人間の脳は「予測可能性」を強く好みます。神経科学者のカール・フリストンが提唱した「自由エネルギー原理」によれば、脳は常に「予測と現実のズレ(予測誤差)」を最小化しようとします。変化とは、この予測誤差が急増する状態です。脳はそれを「脅威」として認識し、変化を避けようとする強力な力を生み出します。組織においてこのメカニズムが集団的に働くと、「変化しないことを正当化する空気」が生まれます。「今まで通りでいいじゃないか」「うまくいっているのになぜ変える必要があるのか」「リスクを取る必要はない」——これらは怠慢ではなく、人間の脳が自然に生み出す防衛反応です。しかし、VUCAと呼ばれる現代——Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)が高まる時代——において、変化への抵抗は組織の致命傷になりえます。

―変化に強い組織の「空気の正体」

では、変化に強い組織には、どんな空気が漂っているのでしょうか。私が観察してきた中で、共通して見えてくるキーワードがあります。それは「心理的柔軟性」です。心理的柔軟性とは、不確実な状況や、自分の予測と異なる現実に直面したとき、それを脅威として固まるのではなく、「では次にどうするか」と前向きに適応できる力のことです。これは個人の資質だけでなく、組織の空気としても存在します。「失敗しても、次の手を考えられる空気」「正解がわからなくても、とりあえず動いてみられる空気」「状況が変わったら、過去のやり方を手放せる空気」——これらが組織に満ちているとき、変化は「脅威」ではなく「課題」として受け止められます。臨床心理学者のスティーブン・ヘイズが開発した「ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」の理論では、心理的柔軟性が高い人ほど、不確実な状況においてもパフォーマンスを維持できることが示されています。これは個人だけでなく、組織にも同様に当てはまります。

―コロナ禍で「空気の差」が可視化された

先ほど触れたコロナ禍の事例に戻りましょう。京都に本社を置く老舗旅館・俵屋旅館は、コロナ禍で宿泊業が壊滅的な打撃を受けた中でも、スタッフの解雇を一切行いませんでした。女将の佐藤年氏は「この空白の時間を、スタッフの学びと準備の時間に使う」と決断し、普段できなかった施設の整備、接客の研究、新しいサービスの企画に全員で取り組みました。この決断を可能にしたのは、財務的な余力だけではありません。「この旅館のために自分も頑張りたい」「困難な時期こそ、みんなで乗り越えよう」という空気が、スタッフの間にすでに醸成されていたからです。危機の前からあった「信頼の空気」が、危機の中で底力を発揮したのです。一方、同じ時期に人員削減に踏み切った宿泊施設の多くでは、その後の回復期に深刻な人材不足に悩まされました。「いざとなれば切られる」という空気が広がり、優秀なスタッフが戻らず、サービス品質の回復に時間がかかりました。変化への対応力は、危機が来てから生まれるものではありません。危機の前の「空気の質」が、危機の中での組織の動きを決定します。

―「学習する組織」の空気とは何か

MITのピーター・センゲは、著書『学習する組織』の中で、変化の時代を生き抜く組織の条件として「継続的に学び、適応し続ける能力」を挙げています。そして、学習する組織の根幹にあるのは、制度や仕組みではなく「組織の中に流れる空気」だと述べています。センゲが「学習する組織」の特徴として挙げる要素の中で、特に注目したいのが「メンタルモデルへの挑戦」です。メンタルモデルとは、「世界はこういうものだ」「仕事とはこうするものだ」という、個人や組織が持つ暗黙の思い込みです。変化に弱い組織では、このメンタルモデルへの挑戦が「空気的に」禁じられています。「今まではこうだったから」「うちの業界ではこれが常識だから」という言葉が飛び交い、既存の思い込みを疑う発言が歓迎されない空気がある。変化に強い組織では、「それって本当にそうなのか?」「別のやり方はないか?」という問いかけが日常的に歓迎される空気があります。既存の思い込みへの挑戦が、批判ではなく「より良くするための問い」として受け止められる。この空気の差が、変化への適応スピードに圧倒的な差を生み出します。

―ホンダの「ワイガヤ」が示すもの

本田技研工業(ホンダ)には、「ワイガヤ」と呼ばれる独自の文化があります。職位・部署・経験年数を問わず、関係者が集まってワイワイガヤガヤと自由に議論する場です。ワイガヤでは、「部長がこう言ったから正しい」という空気は存在しません。新入社員が役員の意見に正面から反論することも珍しくない。重要なのは「肩書き」ではなく「アイデアの質」という空気が、長年にわたって醸成されています。本田宗一郎氏の「やってみもせんで、何がわかる」という言葉に象徴されるように、ホンダでは「試してみること」「失敗から学ぶこと」が組織の空気として根付いています。この空気が、技術革新を続けるホンダの底力を支えてきました。変化の激しい自動車業界において、ホンダが独自の存在感を保ち続けてきた背景には、製品開発の能力だけでなく、「変化を恐れない空気」が組織に染み込んでいるという事実があります。

―「危機の前」に、変化に強い空気をつくる

変化に強い組織をつくるために、経営者ができることは何でしょうか。それは、危機が来る前に、日常の中で「変化に慣れる空気」を意図的につくることです。小さな変化を日常的に取り入れること。業務のやり方を定期的に見直すこと。「なぜそうしているのか」を問い直す場を設けること。失敗を「責める材料」ではなく「学びの素材」として扱うこと。これらの積み重ねが、組織に「変化は脅威ではなく、成長の機会だ」という空気をつくっていきます。また、危機のときに最も重要な「情報の共有」を、日常から習慣化しておくことも欠かせません。「悪い情報ほど早く上に上げる」「現場の問題を隠さない」という空気が平時から存在していると、危機が来たときに経営者が正確な情報をもとに素早く意思決定できます。逆に、「悪いことは言いにくい」という空気がある組織では、危機の初期段階で情報が歪められ、対応が後手に回ります。

―不確実な時代の、最強の経営資産

もし明日、想定外の変化があなたの会社を直撃したとき、あなたの社員は「どうする?」と前を向きますか? それとも「どうしよう……」と固まりますか?その答えは、危機が来てから決まるのではありません。今日の職場の空気の中に、すでに答えが宿っています。不確実な時代において、変化に強い組織の空気は、貸借対照表には現れない最強の経営資産です。設備も、特許も、ブランドも、極端な状況では一夜にして価値を失う可能性があります。しかし「どんな変化が来ても、みんなで乗り越えよう」という空気は、危機の中でこそ価値を発揮します。その空気は、今日から意図的につくり始めることができます。そして一度根付いた空気は、長期にわたって組織を守り続ける、最も持続的な強みになります。

変化の時代の経営者に求められるのは、変化を予測する能力ではありません。どんな変化が来ても対応できる空気を、平時から育てておく能力です。

―勝田耕司