『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】「褒める文化」が会社を変える~承認の空気が生み出す、想像以上の経営効果~

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。

透明資産とは、業績に影響する「空気感」を意図的に設計し運用する仕組みのこと。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を築き上げ、商品・サービスの独自性を強化します。そして、持続的成長につながる経営の仕組みです。

―「うちの社長、一度も褒めてくれたことがない」

あるセミナーの懇親会で、30代の中堅社員がぽつりとこう言いました。「入社して8年になりますが、社長から直接褒められたことが一度もないんです。怒られたことは何度もある。でも褒められたことは、記憶にない。別に褒めてほしいわけじゃないんですけど……なんか、自分がここで何をやっているのか、だんだんわからなくなってきて」この「……なんか」という言葉の重さを、経営者の皆さんはどう受け取るでしょうか。「褒められたいなんて、甘えだ」「厳しくすることが成長につながる」「結果を出せば自ずとわかるはずだ」——そう考える経営者は少なくありません。しかし、この考え方は、脳科学・心理学・経営学の知見に照らすと、組織の力を大きく損なう「誤解」であることが、数多くの研究によって示されています。「褒める」ことは、甘やかしではありません。それは、組織の空気を変え、業績を動かす、きわめて戦略的な経営行為です。

―脳は「承認」を燃料にして動く

なぜ褒められることが人を動かすのか。その答えは、脳のメカニズムにあります。人間が他者から承認・称賛を受けると、脳内でドーパミンが分泌されます。ドーパミンは「報酬系」と呼ばれる神経回路を活性化し、「この行動はよかった」「また同じことをしよう」という学習と動機付けをもたらします。スタンフォード大学の神経科学者ロバート・サポルスキーは、著書『人間の攻撃性はどこからきたか』の中で、ドーパミンは「報酬そのもの」よりも「報酬が期待されるとき」に最も活発に分泌されると述べています。つまり、「認められるかもしれない」という期待感そのものが、人を前向きに行動させる強力な燃料になるのです。逆に、どれだけ努力しても承認が得られない環境では、ドーパミンの分泌が慢性的に抑制されます。脳は「この行動には意味がない」と学習し、意欲・創造性・主体性が低下していきます。「なんのためにやっているのかわからない」という感覚は、比喩ではなく、脳の報酬系が機能低下を起こしている状態の表れです。

―「褒める」ことが苦手な日本の職場

日本の職場において、承認・称賛の文化は、他の先進国と比較して著しく乏しいことが調査から明らかになっています。ギャラップ社が世界142カ国で実施した「職場におけるエンゲージメント調査」において、日本の従業員エンゲージメントは調査対象国の中で最低水準のひとつに位置し続けています。エンゲージメントの低さの主要因として挙げられているのが、「上司や同僚からの承認・称賛の欠如」です。なぜ日本の職場では褒めることが少ないのでしょうか。ひとつには、「できて当たり前」という文化的背景があります。仕事をきちんとこなすことは「当然」であり、わざわざ褒めるほどのことではない、という暗黙の空気が多くの職場に漂っています。また、「褒めると調子に乗る」「厳しくすることが相手のためになる」という、根強い信念も影響しています。しかし現実には、「できて当たり前」という空気の中で育った社員は、失敗を恐れ、挑戦を避け、最低限のことだけをこなすようになります。厳しさが成長を生むのは、その厳しさが「承認の土台」の上に成り立っているときだけです。承認のない厳しさは、成長ではなく萎縮を生みます。

―承認が「空気」になると、組織はどう変わるか

「褒める文化」が組織に根付くとはどういうことか。それは、特定の上司が特定の部下を褒めるという個人間の行為を超えて、「互いの貢献を認め合うことが当たり前だ」という空気が組織全体に広がった状態です。この空気が生まれると、組織に連鎖反応が起きます。認められた社員は、自分も誰かを認めたくなります。心理学でいう「互恵性の原理」です。承認を受け取った人は、承認を返したくなる。その連鎖が広がると、組織全体が「互いの頑張りを見ている」という空気に包まれます。そしてその空気の中では、「誰かが見てくれている」という感覚が自発的な行動を引き出し、「仲間の頑張りに応えたい」という感情が協力関係を深めます。エドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した「自己決定理論」では、人間の内発的動機付けの三要素として「自律性」「有能感」「関係性」を挙げています。承認の空気は、この三要素すべてに正の影響を与えます。「認められる」ことは有能感を高め、「互いに認め合う」ことは関係性を深め、「自分の判断が評価される」ことは自律性を促進します。

―西友からオイシックス・ラ・大地へ――承認文化が事業を変えた事例

食品宅配サービスを展開するオイシックス・ラ・大地株式会社は、独自の「感謝・承認文化」で知られています。同社では「ありがとうカード」と呼ばれる仕組みが長年運用されており、社員が互いの貢献に対して感謝のメッセージを書いて渡す文化が根付いています。これは制度として始まったものですが、今では制度の枠を超えて「この会社では互いを認め合うことが当然だ」という空気として機能しています。代表取締役社長の高島宏平氏は、「業績を上げるための施策よりも先に、社員が働くことに誇りを持てる空気をつくることを優先してきた」と語っています。その結果、オイシックス・ラ・大地は食品宅配という競争の激しい市場で独自のポジションを確立し、顧客満足度と社員エンゲージメントの両方で高い水準を維持し続けています。承認の空気は、社内の関係性を変えるだけでなく、その空気がサービスを通じてお客様にも伝わり、顧客との関係性をも深めていきます。

―「褒め方」にも、技術がある

「褒めることが大切だとわかっていても、どう褒めればいいかわからない」という経営者も少なくありません。心理学の研究から、効果的な承認にはいくつかの原則があることがわかっています。スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックが提唱した「グロース・マインドセット」の研究では、「結果を褒める」よりも「プロセスや努力を褒める」方が、長期的な成長意欲を高めることが示されています。「すごい結果だね」という称賛は、次に結果が出なかったときの恐怖を生みます。一方、「あの場面でのあなたの判断は素晴らしかった」「あの困難な状況でも諦めなかったことが、今日の結果につながった」という、プロセスへの承認は、次の挑戦への動機を強化します。また、承認は「具体的」であるほど効果が高まります。「よくやった」という漠然とした言葉よりも、「先週の顧客対応で、あなたが自分で判断してクレームを収めた、あの対応は素晴らしかった」という具体的な承認の方が、「自分の何が評価されたのか」が明確になり、再現性のある行動変容を生みます。さらに、「タイミング」も重要です。良い行動の直後に承認を伝えることが、最も強い強化効果を持ちます。「あの時よかったよ」という数週間後の称賛よりも、「今、あの対応は素晴らしかった」というその場での承認の方が、脳の報酬系に深く刻まれます。

―経営者が「最初に褒める人」になる

承認の文化を組織に根付かせるために、最も重要なのは経営者自身が「最初に褒める人」になることです。組織の文化は、トップの行動によって形成されます。経営者が日常的に社員の貢献を具体的に認め、感謝を伝え、努力を称える姿を見せることで、「この組織ではそれが当たり前だ」という空気が醸成されていきます。京セラの稲盛和夫氏は、どれだけ多忙な時期でも、現場の社員と直接話し、その仕事への姿勢や工夫を認め続けることを習慣にしていたと言われています。稲盛氏は著書『心。』の中で、「人の心に火をつけるのは、論理ではなく感情だ。そして感情に最も火をつけるのは、自分の努力が誰かに届いているという実感だ」と述べています。承認は、コストゼロで組織の空気を変えられる、最も手軽で最も強力な経営ツールです。予算も、制度も、コンサルタントも必要ありません。必要なのは、経営者が今日から「見る目」と「伝える言葉」を持つことだけです。

―「褒める」ことを、経営戦略にする

今週、あなたは何人の社員を、具体的に褒めましたか?「褒める」ことを、気分や機会に任せている限り、承認の文化は根付きません。意図的に、習慣として、戦略として、承認を組織の日常に組み込んでいく。毎朝の会議の冒頭に「誰かの良い行動を一つ挙げる」時間を設ける。週に一度、社員に手書きのメモを渡す。月に一度、「今月最も印象的だった社員の行動」を全社に共有する——形はどんなものでも構いません。重要なのは、「この組織では、互いの貢献を認め合うことが当たり前だ」という空気を、意図的に、継続的につくり続けることです。承認の空気が満ちた職場では、社員は自ら考えて動き始めます。失敗を恐れず挑戦するようになります。お客様への対応が変わります。仲間への気遣いが生まれます。そしてやがて、その空気はお客様にも伝わり、「なんかあの会社は違う」という評判になって、外の世界に広がっていきます。褒めることは、甘やかしではありません。それは、組織の空気を変え、人を動かし、業績を生み出す、経営者にしかできない最も重要な仕事のひとつです。

―勝田耕司