『透明資産』経営のススメ【透明資産経営のススメ】「空気」を経営に活かすことの大切さ――なぜ一流企業は、数字より先に「場の力」を磨くのか

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。

今回は、私がコンサルティングの現場や、世界・国内の優れた企業事例、そして経営学・行動経済学の知見から確信してきた「空気を経営に活かすことの本質」について、じっくりとお伝えしたいと思います。

― 「経験経済」の時代が証明した、空気の経済価値

1998年、経営思想家のB・ジョセフ・パインとジェームズ・ギルモアは著書『経験経済(The Experience Economy)』の中で、次のような予言をしました。「人々がモノを買う時代は終わり、やがてコト(経験)を買う時代になる。そしてその次は、変容(Transformation)を買う時代になる」と。この予言は、2026年の今、見事に現実となっています。

スターバックス コーヒー ジャパン株式会社がその典型です。スターバックスのコーヒーそのものは、他のカフェと比べて突出した品質の差があるわけではありません。それでも、なぜ毎年数百億円規模の売上を維持し、世界中に熱烈なファンを持ち続けるのか。答えは、スターバックスが売っているのは「コーヒー」ではなく「サードプレイス(家でも職場でもない第三の居場所)という空気」だからです。

店内に漂う香り、バリスタが名前で呼びかける習慣、照明の温度、音楽のセレクション――これらはすべて、意図的に設計された「空気の演出」であり、パイン&ギルモアが言う「経験価値」の具現化です。スターバックスは2022年のアニュアルレポートで、顧客満足度と再来店率の相関を明示し、体験の質こそが長期収益を決定する最重要変数であると明言しています。空気は、紛れもなく「経済的価値」を持つのです。

― リッツ・カールトンが示す「1万5000ドルの自律」と空気の連鎖

ザ・リッツ・カールトン ホテルカンパニーには、「クレド(Credo)」と呼ばれる経営哲学と、全従業員に与えられた「1人あたり1日最大2000ドル(かつては1万5000ドル)の裁量権」という制度が存在します。これは、従業員が顧客のために必要と判断すれば、上司の承認なしに、その範囲内で独断でサービスを提供してよいという制度です。

なぜリッツ・カールトンはこのような制度を持つのか。それは「マニュアルでは空気は作れない」という確信があるからです。同社の元プレジデント、ホルスト・シュルツィは著書『Excellence Wins』(2019年)の中でこう述べています。「従業員が真の誇りを持って働いているとき、その誇りは目に見えないエネルギーとして顧客に伝わる。

私たちは<紳士と淑女をお迎えする紳士と淑女>である、という空気を組織全体に宿すことが、すべてのサービスより優先される」と。この「誇りの空気」が、リッツ・カールトンを世界最高水準のホスピタリティブランドたらしめており、ADR(平均客室単価)においても競合ラグジュアリーホテルを常に上回るという財務的成果に直結しています。空気は、確かに利益を生みます。

― 伊那食品工業「48年増収増益」を支えた「いい会社」という空気

長野県伊那市に本社を置く伊那食品工業株式会社は、寒天メーカーとして知られていますが、その経営哲学は世界中の経営者が注目する「奇跡の企業」です。同社は48年間増収増益を達成し(2019年時点)、リーマンショックも東日本大震災も乗り越えながら、一度もリストラを行っていません。

先代社長・塚越寛氏は著書『いい会社をつくりましょう』の中で、その核心をこう語っています。「会社の目的は利益を上げることではなく、社員とその家族を幸せにすること、そして地域社会に貢献することだ。利益は、いい仕事をした結果についてくるものでしかない」と。伊那食品工業の工場見学には年間数千人の経営者が訪れますが、彼らが口をそろえて言うのは「数字や設備ではなく、その空気に圧倒された」ということです。

整然とした庭園、従業員の穏やかな表情、社内に流れる静かな誇り――これらはすべて、何十年もかけて積み上げられた「透明な資産」であり、どの財務諸表にも記載されることのない「最強の競争優位」です。「いい会社」という空気が、「いい業績」という数字に先行して存在するという事実を、伊那食品工業は半世紀にわたって証明し続けています。

― ダニエル・ピンクが解き明かした「内発的動機」という名の空気

作家・元米国副大統領スピーチライターのダニエル・ピンクは、著書『モチベーション3.0(Drive)』(2009年)の中で、20世紀型の「アメとムチ」による動機づけ(モチベーション2.0)が、創造性や長期的生産性を著しく損なうことを、マサチューセッツ工科大学(MIT)をはじめとする多数の心理学・行動経済学の実験データをもとに論証しました。

ピンクが提唱する「モチベーション3.0」の核心は、自律性(Autonomy)・熟達(Mastery)・目的(Purpose)の3要素です。この3要素が組織内に満たされるとき、人は「やらされている」のではなく「やりたくてやっている」という状態になる。そして、このピンクが言う「内発的動機に満ちた状態」こそが、まさに私が「透明資産が蓄積された組織の空気」と呼ぶものに他なりません。

指示しなくても動く、締め切りより早く仕上げる、お客様からの感謝を仕事の糧にする――この「自走する組織の空気」は、経営者が意識的に目的と自律の環境を設計することで初めて生まれます。ピンクの研究が示すように、カネで釣る経営は短期的には機能しても、組織の内側から「やりがいの空気」を奪い続け、最終的には人材の流出と組織の劣化を招きます。空気の設計は、人事戦略の問題であると同時に、経営者の哲学の問題なのです。

― パタゴニアが証明した「志の空気」と顧客ロイヤリティの方程式

米国アウトドアブランドのパタゴニア(Patagonia, Inc.)は2022年、創業者イヴォン・シュイナードが自社株式の全株(当時の評価額約30億ドル相当)を環境保護のための非営利組織に譲渡するという、経済史に残る決断を行いました。シュイナードはその際、「地球が唯一の株主だ(Earth is now our only shareholder)」という声明を発表しています。この決断の背景には、パタゴニアが創業以来一貫して持ち続けてきた「環境への使命感という空気」があります。

彼らは1990年代から製品タグに「これを買わないで(Don’t Buy This Jacket)」というコピーを掲載し、消費主義への反省を呼びかけてきました。通常、売上増大を目標とする企業がこのような行動をとることは考えられません。しかし結果として、パタゴニアの売上は年々拡大を続け、顧客のロイヤリティは競合ブランドを大きく引き離しています。

この現象を、ハーバード・ビジネス・レビューは「志が先行するとき、利益は後からついてくる(Purpose precedes profit)」と表現しています。「売ろうとしない空気」が最大の信頼を生み、信頼が最大の売上を生む――この逆説的な事実が、現代の消費者が企業の「空気の純度」を見抜く鋭さを持っていることを、如実に示しています。

― ザッポスの「文化採用」――空気を守るために1億円を捨てる覚悟

米国オンラインシューズ小売企業のザッポス(Zappos.com, Inc.)には、業界を驚かせた「採用後の辞退金制度」があります。入社研修を終えた新入社員に対して、「今すぐ辞めれば2000ドル支払う」というオファーを行うのです。この制度の目的は一つ。「カネのためではなく、ザッポスの文化と空気を心から愛している人だけを残す」ためです。創業者のトニー・シェイは著書『顧客が熱狂するネット靴店(Delivering Happiness)』(2010年)の中で、こう述べています。「私たちは製品ではなく、サービスではなく、カルチャーを売っている。カルチャーこそがブランドであり、ブランドこそがカルチャーだ」と。

ザッポスはコールセンタースタッフにも電話対応時間の制限を設けず、顧客と何時間でも会話することを許可しています。実際に10時間以上の電話対応が称賛された事例もあります。これは非効率に見えますが、その「とことん付き合う空気」が口コミで広がり、同社のリピート購入率は75%超に達しました(同社発表)。空気を守るためならカネを払い、効率を犠牲にする―。この覚悟こそが、空気を「本物の資産」に変えるために経営者が持つべき姿勢を、鮮烈に示しています。

― 「空気」を経営に活かす実践――3つの問いかけ

スターバックス、リッツ・カールトン、伊那食品工業、パタゴニア、ザッポス。規模も業種も国籍も異なるこれらの企業に共通するのは、「空気を意図的に設計し、守り、積み上げることを、経営の最優先課題と位置づけている」という一点です。では、あなたの会社で今日から実践するために何が必要か。私は経営者の皆様に、毎日3つの問いかけをすることをお勧めしています。

一つ目は「今日、うちの従業員は誇りを感じて帰宅したか」です。パタゴニアのシュイナードが言う「使命感」、ピンクの「目的(Purpose)」、ザッポスのカルチャーへの愛着――これらはすべて、「誇りを持てる仕事をしている」という実感から生まれます。経営者は毎日、従業員の表情と言葉から、この「誇りの残量」を確認する義務があります。

二つ目は「今日、お客様はうちの空気に触れて、次また来たいと思ったか」です。リッツ・カールトンがクレドで示すように、お客様が「また来たい」と思うのは製品スペックではなく、その場に漂う「出迎えられた感覚」です。スターバックスがサードプレイスを設計するように、自社のサービス空間が発している「非言語のメッセージ」を、経営者は顧客の目線で定期的に点検しなければなりません。

三つ目は「今日、うちの会社は社会の空気を少しでも良くしたか」です。伊那食品工業の48年間が示すように、地域と社会への貢献という視点を持つ組織は、長期的に「選ばれ続ける空気」を保ち続けることができます。この3つの問いに「はい」と答えられる日が増えるほど、あなたの会社の透明資産の残高は着実に積み上がっていきます。

― 数字の前に「空気」を整える経営者だけが、次の時代を制する

B・ジョセフ・パインは『経験経済』の中で、価値の進化を「コモディティ→製品→サービス→経験→変容」という5段階で示しました。現代の市場はすでに「経験」を超え、「変容(顧客の生き方や価値観を変える体験)」の段階へと突入しています。そしてその「変容」を生み出す唯一の源泉が、組織が発する「空気の純度」です。

財務諸表は過去を映す鏡です。しかし、空気は未来を創る種です。今日、あなたの会社の従業員が誇りを持って働き、お客様が笑顔で帰り、地域社会に良いエネルギーが届いているならば、その空気はやがて必ず、業績という形で「現金化」されます。

逆に、数字だけを追い続け、空気の劣化に気づかない経営者は、財務諸表が警告を発する遥か前から、静かに、しかし確実に「見えない負債」を積み上げているのです。リッツ・カールトンも、伊那食品工業も、パタゴニアも、ザッポスも、数字より先に「空気」を整えました。そしてその空気が、数字を作りました。あなたの会社の空気は今日、増えましたか。それとも減りましたか。この一問が、透明資産経営の出発点なのです。

― 勝田耕司